第46話 主導権を得た

 2月中旬、

 九門と雑誌チーム、いつものメンバーが、いつもの小会議室に集結。


 例の宣言から1週間、九門が考える新しいWEBニュースの進め方についての議論が始まっていた。


 そう、九門の提案は通ったのだ。いや、上層陣からすれば、通さざるを得なかった、といったほうがいいかもしれない。


 タンカを切った当日に、1本の記事で190万PVを叩き出した九門は、2日後にはさらに大きな数字を記録してみせた。自ら課した「1週間で315万PV」というハードルを、周囲から「無理」「無謀」といわれたそのハードルを、わずか2本の記事で超えてみせた。2本だけで400万PV以上という莫大なトラフィックを稼いだのだ。


 初日の要因は、鬼面ライターのtwitterアカウントが拡散したことによるもの。

 2度目の爆発の要因は、ラノベ「異世界バスケ ZERO」によるものだった。


 宣言をした翌日、九門は新連載「異世界バスケ ZERO」をスタートさせた。主人公が大人から小学生に生まれ変わる前の物語である。


 そのなかで、主人公は「一番美味いカップ麺の食べ方」を披露する。一般的に熱湯を注いで数分待つところを、水を注いで数十分待つという、ある種の「裏ワザ」だった。


 九門が少し前にネット上で見つけていた手法だった。のちにメーカーも公認し、誰もが知るテクニックとなるのだが、この時点では知る人ぞ知る埋もれた知識だった。それが「異世界バスケ ZERO」にて露出された。


 作中で「カップ麺2.0」と名付けられたその手法は、一気に話題となりネット上を駆け巡る。「やってみた」の祭りが始まる。何のことだか分からないユーザーたちは、とりあえず検索する。


 その日、検索エンジンやtwitterの検索窓に「カップ麺2.0」と打つと、最上段に出てきたのは、ある出版社のエンタメサイトの記事だった。そう、九門がそのレシピをニュース記事として発信していたのだ。もちろん、九門が心掛ける魂がこもった編集意図を持って。


 その記事は猛スピードでネット上を駆け巡った。


 検索結果の最上段には、写真付きで九門の記事が出た。そうなれば誰もがその記事を読む。そして、その記事内容と共に「もう記事が上がっていること」自体も話題となる。


・話題のカップ麺2.0、さっそくやってみた!

・てか、もうカップ麺2.0のガチのレシピが書いてあるwww

・仕事早すぎるだろ、このサイト(笑)

・カップ麺2.0の記事がスピードもクオリティも高すぎる件


 完全に九門の狙い通りだった。


 編集部は、この爆発のタネを即座に拾い日本一早く記事化した九門に驚いた。その嗅覚に驚いた。


 が、実はそうではない。

 九門はこの日「カップ麺2.0」が爆発的に流行ることを、先に知っていたのだ。

 そう、九門が流行らせたのだから。


 鋭い目つきで課長の前に立つ九門。

「数字出しましたよ、言った通り」


 言葉を失う課長。

「……。」


「僕の提案、聞いてもらえますよね」


 かくして、WEBニュース戦略の主導権を得ることになった九門は、さっそく会議を開いたのだった。


 そのシーンを思い出す合田さん。

「すごいよね、九門さん。短期間ですぐに結果を出しちゃうんだもん」

 

 九門はアタマをポリポリとかいた。

「ははは、なんとかなるもんですね」


 佐藤さんが続く。

「で、九門さんが考える新しいWEBニュースのやり方って?」


 九門、少し鋭い目つきに。

「ちゃんと取材して、ちゃんと書きましょう。皆さんが得意なことをちゃんとやるんです。それが一番なんです」


 そこに熊田さんがが入る。

「でも、それはWEBでは通用しないってことで、課長のやり方になったんですよ。雑誌編集のやり方じゃ時間がかかっちゃうんで、どうしても本数が稼げなくて…」


「本数? 僕は2本で400万PV出しました」


「…………。」


 少しの沈黙。


 そして、佐藤さんから質問。

「やっぱり、トレンドをしっかり掴んで素早く発信することが大事なんでしょうか。九門さんのカップ麺の記事みたいに。あ、でもスピード重視だと私たちのやり方は不利、ですよね……」


 九門が返す。

「トレンドを掴むんじゃなくて、作ればいいんですよ。自分たちが流行らせるんです。そうすれば間違いなくユーザーを獲れます」


合田さんが繰り返す。

「トレンドを、作る……」


 九門が続ける。

「昔からある手法ですよ。トマトケチャップのメーカーがトマト鍋を流行らせたり、乳製品のメーカーがヨーグルトを流行らせたり。自分たちの利益を生むために世の中を動かせばいいんです」


「それはそうだろうけど、そう簡単には……」

「大丈夫です。できます。僕を信じてください」


 あの時の九門の目と同じだった。

 

名古屋時代、「異世界バスケ」のヒットで自信を掴み、猛烈な勢いで毎日を駆け抜けていた、あの時の九門の目と同じだった。


 その後、ラウンジスペースにて。


「なんか、顔つき変わりましたね、九門さん」


「ん?」


 ソファに腰掛け、コーヒー&スマホの休憩タイム中だった九門の前に、熊田さんが現れた。


「いまの九門さん、すごいパワーを感じます」

「そうですか?」

「私、あのとき絶対無理とか言っちゃって……。恥ずかしいな」

「そんなことないですよ。あ、そういえば、いつもありがとうございます」


「え?」


 九門、ニコリ。

「何を聞いても色々教えてくれたし。熊田さんからもらったページで遊んでたら、htmlもちょっと弄れるようになったんですよ」


「そっか、ならよかったです」

「でも、なんで熊田さんは雑誌チームなのにそっちも詳しいんですか?」

「あぁ……」

「ん? なんか聞いちゃまずかった?」


 熊田さんは、九門の隣に腰掛けた。

「いえ全然……、私、もともとWEBチームだったんです。でも、課長のやり方がどうしても苦手で。それで、意見したらチームを替えられて。ウチの編集部の『あるある』ですよ」


「そうだったんですか」


 熊田は続けた。 

「私、契約社員だし、こういうことが続いたら今後が不安だし。だからもう逆らわないって決めたんです。もともとWEBにいたから雑誌編集の仕事はまだまだ勉強中ですけど、なんとかやってます」


「あ、じゃあ、もしかして僕が今日言った雑誌的なやり方はしんどいんじゃ……」

「んーん、大丈夫です。私なりに頑張ってみます」

「そっか、じゃあ頑張りましょう」


 熊田、立ち上がる。

「はい、頑張ります、ちゃんと正社員になりたいし……。だから、すぐに結果を出しちゃった九門さんがちょっと羨ましいな」


「……。」


「じゃあ、失礼します」


「……。」


 会社には、いろんな人がいて、いろんな問題があって、いろんな悩みがある。そんな当たり前のことを改めて実感した九門だった。

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