第44話 結果を出した
―― 言うじゃねえか、じゃあ、まずはお前の記事でやってみろよ
―― 今日から1週間分の数字でジャッジするからな
「WEBニュースのPVを3倍にする」と宣言した九門に対し、課長から与えられた時間は1週間。そして九門が設定した目標は、1週間で315万PV。
熊田さんには「絶対無理」と言われた。
合田さんには「無謀」だと言われた。
雑誌編集をメインのフィールドとしてきた九門には、まだWEBニュースのノウハウがない。数字を底上げする記事ストックもない。そんな人間が1週間で大きな結果を出そうというのは、普通に考えれば無理だし無謀なのだろう。
だが、九門は普通の人間ではなかった。
その日の夕方、
カタカタカタカタ……。
自分の席でキーボードを叩いている九門。
そこに課長がやってくる。いつものように背もたれを全開に倒して腰掛ける。
「仕事は進んでるのかよ、九門先生。楽しみだな、数字が」
「……。」
いつものニヤリ顔の課長。
「記事の質だっけ? 媒体の特性だっけ?」
昼のやり取りを見ていた周囲の人間が、思わずふたりの会話に注目する。どうやらこのふたりの動きは部署のなかのちょっとしたイベントのようになっているらしい。
カタ……。
九門、キーボードから手を離し、課長のほうに体を向ける。
「もう数字は出ましたよ」
「あ…?」
合田さん・佐藤さん・熊田さんは目を見開く。
「……!?」
「さっき書いた僕の記事が、既に150万PVを超えています」
「なに?」
合田さん・佐藤さん・熊田さんは、もっと目を見開く。
「え……!!??」
周囲がざわつき始める。
カタカタカタ…、カチャッ、カチャッ。
慌ててWEBチームが数字を確認しはじめる。そこに課長が駆け寄っていく。
「どうなってる?」
WEBチームのメンバーが課長に告げる。
「九門さんが15時に配信した記事、現時点で152万PVです…」
「ああ……!!?」
「どけっ」と、そのメンバーのノートPCを奪い取る。自ら再度確認する。画面には九門の記事のアクセス状況が表示されている。そこには間違いなく152万という数字が出ている。
「課長」
「……!?」
振り返る課長。
九門が立っている。
「約束通り、結果が出たら僕の考え方を提案させてもらいますよ」
課長は少し怯えたような目をしている、ように見えた。周囲の何人かには。
その後、九門はまた、小さな会議室に呼ばれた。
困惑の表情の合田さん。
「九門さん、どういうこと? 何でああなったの?」
九門が返す。
「やればできるんですよ、編集者は」
呆然とした表情の佐藤さん、熊田さん。
「……。」
九門は席を立った。
「大丈夫。これからは雑誌チームの取材力と企画力をWEBで生かせるようにしますから」
「……。」
合田たちには、九門の記事の数字がなぜこうなったのか全く分からない。
一方、WEBチームの人間は分析を進め、突き止めていた。いや、突き止めたというほどでもない。なんとも単純な理由だった。あっさりと分かった。
九門が書いた記事は、「鬼面ライター」なるtwitterアカウントから一気に拡散されていたのだった。同記事ページへのtwitterからの流入数は20万を超えていた。さらにリツイートがリツイートを呼び、その爆発ぶりにより各ポータルサイトのヘッドライン掲載も獲得。瞬時にして爆発的に広まったのだった。
フンっと鼻から息を吐く課長。
「運のいい奴だ。インフルエンサーに拾われたのか」
「インフルエンサー」とは、巨大な影響力を持ち、オンライン上で情報を一気に拡散させる存在。twitterやInstagramなどのSNSでは、その影響力を活用してビジネスを展開する人間も多い。
人気ラノベ作家の鬼面ライターは、いうまでもなくインフルエンサー。いまや70万以上のフォロワーを持ち、その拡散力は十分。
席に戻ってきた九門に、課長から声がかかった。
「悪いが、今回の件はマグレだ。あの1本じゃお前のやり方の有効性を証明することにはならんな」
「なぜでしょうか」
課長、背もたれを倒すいつもの姿勢に。
「あれは、たまたま運よくインフルエンサーに拾われただけだろうが。普通に考えてあんなことが何度も続くわけねえ。WEBはそんなに甘いもんじゃねえんだよ」
九門は返した。
「すみません、課長。数字で喋っていただけないでしょうか」
「……!!?」
「『たまたま運よく』とか『甘いもんじゃない』とか、よく分からないんで」
課長、目を見開く。
「お前……」
「わぁ……」
熊田さんは、ビックリしているような、それでいて、なにかワクワクしているような、そんな顔で九門を見つめる。
合田さんは、思わずつぶやく。
「アイツ、凄いよ……」
「はい……」
「逆らうな、とか言った自分が恥ずかしくなってきたよ、俺……」
九門は続けて課長に告げた。
「ただ、仰っていることも分かります。今週もう1度同じ数字を出しますので、楽しみにしていてください」
「……。」
課長はまた怯えたような顔になっていた。今度はみんながそう思った。
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