第43話 課長にタンカを切った
「ああ? 提案だあ?」
眉間にシワを寄せ、いかにも「面倒くさい話を持ってくるな」という顔の課長。
その課長に向かい合うのは、何かを決意したような真っすぐな目の九門。
あのラウンジでの宣言の翌日、九門は動いた。課長に提案を持ちかけた。
「僕に、新しいWEB記事のやり方を提案させてください」
「来たばっかりのお前が何言ってんだよ、とっとと今日の10本書けよ」
「では、数字で語ります。いまのPVを3倍にします」
「あ……?」
ザワッ……。
周囲の空気が変わった。合田さんや佐藤さんも、不安そうな顔で九門の様子を見ている。
「言うじゃねえか、じゃあ、まずはお前の記事でやってみろよ」
課長は九門の提案内容は聞かなかった。つまり、まずは結果を見る、ということだろう。
九門がいま生み出している数字は部署全体から見れば、たかが知れている。九門のやり方でそれがどう動こうと事業に大した影響はない。だから、とりあえずやらせてみるという判断をした、と。
「今日から1週間分の数字でジャッジするからな」
「わかりました。ありがとうございます」
九門はペコリと頭を下げ、課長のもとから離れた。
その後、九門はまたあの小さな会議室に呼ばれた。
困り顔の合田さん。
「もう九門さん、ああいうのはダメだって言ったじゃん」
呆れ顔の佐藤さん。
「PV3倍だなんて…」
「スミマセン、どうしても我慢できなくて…」
「そういうアツいの嫌いじゃないけどさあ、ちょっと無謀だよ」
「はい、でも言ったからにはやるしかないです」
「……。」
席に戻ると、九門は熊田さんにメールを送った。
「今のウチのサイトの数字を細かく教えてください」
なんという見切り発車。現状の数字も知らずに、九門はあのタンカを切ったということである。
熊田さんからはすぐに返信が来て、いろんな数字を共有してもらえた。ついでにひとつ質問が飛んできた。
「そういえば、あの時なんで課長にお礼言ったんですか? 頭まで下げて」
九門は返した。
「自分の意見を受け入れてくれたからです。あそこで何も聞いてくれなかったらそこで終わりだったんで。勝負させてもらえるだけでも、自分としてはありがたかったんです」
九門は数字を確認した。
この部署で運営するエンタメ情報のWEBサイトで生み出すトラフィックは月間1億PVほど。業界内では決してトップランカーとはいえないが、そこまで小さくはない規模である。そのうちWEBニュースが占める割合は3割程度で、約3000万PV。
WEBニュースチームに所属する6人(いまは九門が入って7人)の専任記者が生産する記事が月に約1800本、合田さんたちが雑誌制作と並行して配信する記事が月に約200本。合計約2000本の記事で3000万PVということは、これまでの実績は、おおよそ1記事あたり1.5万PVということになる。
記事のPVが伸びるのは、ヤフーやスマートニュースなど大手ポータルで大きく扱われたときや、twitterをはじめとするSNSでバズったとき。
そういう跳ねた記事が1本で何十万、時には100万以上のPVを作って一気に全体PVを押し上げている。
また、古い記事が検索やSNSに引っかかって後から読まれることもあるので、単純計算上は1記事あたり1.5万PVといっても、実際そうではない。たいていの記事は1万を切っている。
以上が自分たちのサイトの現状の数字だった。
これを九門は3倍にすると言ったのだ。といっても、分からずに言ったのだが。
課長に提案をちゃんと聞いてもらうためには、九門自身がまず1週間で結果を出さなければならない。つまり、PVを3倍にしなければならない。
不安げな表情の佐藤さん。
「簡単なことじゃないですよ…」
だが、九門の意思は変わらない。
「やります。僕は、編集者はWEBでも数字を出せると信じてるんで」
翌朝、
九門は目標を設定した。
現状九門に課せられているノルマは1日10本。1記事1.5万と考えれば、1日15万PV、1週間で105万PVという計算になる。これを3倍の315万にできれば、実績として報告できる。
ということを、告げると熊田さんにハッキリと言われた。
「絶っっっ対、無理です」
昨日と同じラウンジルーム。
今日は3人掛けの丸テーブルに、九門と熊田さん。その熊田さんは、まるで怒っているかのような表情。
「無理。絶対無理です。ひとりで1週間で300万以上だなんて」
「いや、難しいのは分かってるけど……」
熊田さんは、まくしたてるように説明した。
「難しい、じゃなくて、無理です。メールでも伝えましたけど、実際は1記事の平均PVは数千しかないんです。1.5万は過去記事やバズったものも含めてなんです。異動してきたばかりの九門さんには過去記事がないじゃないですか。300万を超えようと思ったら、いまから何百本書けばいいのか。絶対に1週間で作れる量じゃないです」
「うーん、大変だなあ」
「もう……、無茶ですよ、ホントに」
「でも、やらなきゃ。ここで編集者のチカラを証明しなきゃ」
熊田さんはさらにまくしたてる。
「できなかったら、九門さん、どうなるか分からないですよ。このハナシ、課長からすれば有望株の編集者を蹴落とすチャンスでもあるんですから。できなかったら九門さんの居場所なくなっちゃうかもしれませんよ」
「まあ、いろいろ考えてみますよ」
そう言って、九門は席を立った。
「……。」
九門、歩きながら考える。
自分にはノウハウがなさすぎる。
また勉強か、こりゃ。
確か本屋にはWEBニュースの攻略法みたいな本も売ってたし。
勉強?
待てよ?
九門は思い出した。サクラとかわした「勉強」の話を。そう、あのhtmlの入門書を家で読んでいた時の、サクラとの会話を。
―― でも、これよく分かんねえわ…。大変そうだな、新しい部署
―― 大丈夫じゃろ
―― ん?
―― 大地君、ネットであんなに人気あるんじゃけん、大丈夫よ
そうだ。
そうじゃないか。
俺は、鬼面ライターじゃないか。
九門は自分の席に向かった。
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