第42話 怒りがこみ上げてきた
「あああああーーーー、疲れたーーーー」
帰ってくるなりソファに倒れ込む九門。
ミニ雪見だいふくの箱を片手に、サクラが現れる。
「ありゃりゃ、どしたん?」
「大変だわ、東京」
「大変?」
「イヤな奴がいる、同じ部署に」
「名古屋の編集長みたいな人?」
「いや、あの人は怖いけどイヤな奴じゃない」
「ふーん」
「はぁぁ~~~」
大きなため息。
「……。」
サクラはミニ雪見だいふくの最後の1個を口に入れると、キッチンへ。
「今日は大地君の好きな唐揚げじゃけん、元気だしぃよ」
「お~、ありがとう、食う食う」
だが、せっかくの大好きな唐揚げ(+マヨネーズ)だったにもかかわらず、九門は少し残した。「残りは明日のに朝食べる」と告げ、早々に布団に入った。
サクラは九門のことが心配になったが、本人から何か言ってくるまでは、待つことにした。特に理由はないが、いまはそれがいいと思った。
その日、九門はラノベを更新しなかった。
迎えた翌日、今度は昨日話した静香さん、こと佐藤さんがターゲットとなっていた。ミーティングブースから課長の大きな声と、いまにも泣きそうな佐藤さんの声が聴こえてくる。
「だからさあ、そういうのはいいから、早く記事上げてよ!」
「も、もう少し待ってください。今日の撮影でもっといい写真が……」
「だからさあ、その写真でどれだけトラフィックが増えるのよ?」
「それは……」
雑誌チームもWEBニュースを書くことがある。本来チームのリーダーは合田さんであり雑誌の原稿チェックをするのも合田さんなのだが、WEBニュースの時はああして課長が出てくるようだ。
「……。」
九門は自分では気づかなかったが、凄い顔をしていたらしい。いまにも立ちあがって殴りかかりそうな。
そこに、雑誌チームのリーダー・合田さんが現れる。
「ダメだよ、九門さん。佐藤さんは大丈夫だから。逆にここで九門さんがヘンに絡んだら、佐藤さんに悪いことが起きないとも限らない」
「はい……」
佐藤さんに悪いことが起こるかもなんて言われてしまっては、自分は何もできない。
クソ……、自分がやられるほうが数倍マシだ。
他人がああいう目に遭っているのは見てられない。
その日九門は、ほとんど資料のコピーのような記事を12本書き、配信した。そこに編集者の魂はないと思った。自分が名古屋でやっていた仕事とは何もかもが違った。
雑誌チームは相変わらず肩身の狭そうな顔でページを作っている。部長も課長も彼らの作るものに興味は持っていない。聞けば、上層から雑誌チームへの指示はいつもひとつだけ、「原価予算は守ってね」。
合田さんが実質編集長であり責任者。ただしそれは企画の責任者であり、数字まわりの決裁権はない。使える金は決められず、発行部数も提案できない。予算を絞られて企画の中身が劣化することなどしょっちゅう。だが、売れ行きが悪いとすべて合田さんの責任となる。「あなたがこの企画を考えたんでしょう」と。雑誌の扱いはいつもこうだという。
かといって、WEBニュースのほうに自分たちの企画を投入しようとすると「そんなものは意味がない」「無駄なことは考えなくていいから、すぐ書いてすぐ配信してくれ」と、一蹴される。
これが、本丸の編集部の仕事なのか。
これが、自分が憧れていた東京なのか。
九門は、苛立った。
業務終了後、気持ちを落ち着けるべく1杯コーヒーでも飲んで帰ろうと、従業員の休憩スペースとなっているラウンジに寄った九門は、佐藤さんと熊田さんを見つけた。3人掛けのソファに並んで座っている。どうやら熊田さんが佐藤さんを慰めているようだった。
九門はそこに声をかけた。
「お疲れ様です」
顔を上げる熊田さん。
「あ、九門さん、お疲れ様です」
佐藤さんは疲れた顔。
「ああ、お疲れ様…」
「……。」
「九門さんは、これからお帰りですか?」
「はい、今日の分の記事発信は終わったんで」
「そう……」
佐藤の表情は、やはり暗い。
「あの……」
九門は切り出した。
「こんな状態、よくないですよ。ちっとも楽しくないですよ。これじゃみんな壊れてしまう。なんとかしましょうよ」
佐藤さんと熊田さんは無言。
「……。」
九門は続けた。
「雑誌チームのやり方で、WEBの数字は作れますよ、絶対」
佐藤さんが返す。
「私もそう思いたいんだけど、やらせてもらえないし……」
熊田が続く。
「以前、合田さんがそうしようとしたんですけど、課長には何も聞いてもらえなくて、というか、すっごい怒られちゃって。雑誌チームには発言権なんかないんです……」
「……。」
九門、コブシをギュッと握る。自分の爪で血が流れそうなほどに力が入る。
ん? 待てよ?
「ということは、僕は発言権があるんですよね、いまWEBニュースのチームにいるんだから」
「え……?」
「九門さん…?」
九門は告げた。
「明日、動きます。みんなでこの部署を変えましょう」
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