第41話 マウンティングされた

 出力した原稿を片手に、ちょっとニヤリとした顔の課長。


 その課長の隣の席に座る九門。


 椅子を90度回し、向かい合うようにふたりは座っている。背もたれをいっぱいに傾け大股を開いて座る課長と、両コブシを膝の上に乗せ、椅子がなければ正座のような形の九門。


 課長が問う。

「これ、どのくらいの時間で書いた?」


 九門が答える。

「はい、1時間半くらいです」


「は? そんなにかかったの?」

「あ、先方にちょっと追加取材をしまして……」

「なんで?」

「ええっと、そうしたほうが内容が良くなると思って」


 昨日も言いましたけど、とは言わない。

 でも今朝熊田さんの話を聞いてなかったら、言っていたかも。

 ありがとう、熊田さん。


「意味あんの、それ?」

「え……?」


 カタカタカタカタ……、カチャッ、カチャッ。課長は自分のPCでいくつかのページを開いた。

「見てみろよ」


 それは、九門が書いた記事と同じネタを扱う各メディアのニュースの画面だった。


 課長は、九門の原稿をバラっと机に放る。

「お前が追加取材だの何だのやるうちに、とっくに他所のサイトは同じネタを配信しちゃうのよ。もうこれで負け。言っただろ、スピードが違うんだよWEBは。雑誌と同じようなことやっても意味ないの」


 九門、ちょっとだけ抵抗する。

「でも、他のサイトとは記事の内容が違いますよ。ここにあるサイト、ほとんどプレスリリースのコピペみたいなもんじゃないですか。僕はそれより質を上げようと思って、追加取材を……」

「だから、いらねーっての」


「……?」


 課長、ちょっとイラッとしたような表情で腕組み。

「サクッと書いて、強いワード入れたタイトルつけて配信すりゃいいんだよ。それでクリックされりゃPV増えるんだから。早い方が大事なの。そんで本数増やす方が大事なの。どうせ中身の差なんかユーザーには分かりゃしないんだからよ」


「でも、そんな記事ばかりじゃ読者からの信頼とか、媒体の特性とか…」

「は? 何それ? 抽象的過ぎるから、数字で表現して?」


「数字……?」


 課長、またもやニヤリ。

「その『読者の信頼』って何PV? 『媒体の特性』でUUがどう増えるの? CTRは? お前の追加取材はどんな数字を作ってくれるの? ちゃんとロジカルに言ってくんない?」


「はい、スミマセン……」

「んじゃ今日10本書いて。さっき言ったやり方なら書けるから」


「はい……」


 課長、席を立つ。

「つーことで、書いたら勝手に配信していいよ。俺もう読まないから。事後でアップした本数とタイトルだけ報告して。あとは数字で判断するから」


 シーン……。


 課長と九門のこのやり取りは周囲に少し注目されていたらしい。みんな気の毒そうな視線を九門に向けつつ、黙っている。ただ、何人かはニヤッと笑っているようにも見える。


 はっは~ん、なるほど。

 これを会議で浴び続けて雑誌編集チームは喋れなくなったんだな。

 俗にいう「マウンティング」ってやつだ。

 議論のテーマを自分に有利なフィールドに持ち込んで、こちらに発言権を与えない。

 いまも結局、原稿の内容の話はしなかったじゃないか。


 そのとき、


「九門さん……」


「……?」


 振り向くと、数名の編集部員が立っている。そのなかには熊田さんもいる。


「はい」


 彼らは九門を会議室に呼んだ。

「ちょっと時間いいですか?」


 案内されたのは、6人掛け用のテーブルが置かれた小さめの会議室。九門を呼んだのは、どうやら雑誌編集側のメンバーの模様。そうか、ということは、熊田さんも雑誌編集チームなのか。


 その中のひとり、30代半ば(に見える)男性が話を切り出す。

「雑誌チームの合田といいます。一応こっちのリーダーみたいな感じです」


 今度はゴウダ……!?

 ブタゴリラの次はジャイアンかよ。

 いや、たぶん、漢字は「剛田」ではないと思うけど。


 合田さんは九門に告げた。

「九門さん、課長には逆らわないほうがいいですよ」


「え…?」

「さっき、ちょっとムカついたでしょ?」

「ああ…、まあ、正直言いますとそりゃ…」

「ダメです。我慢してください。反抗するとすぐ干されますから」

「干される…?」

「いままでそれで何人も辞めていってるんです、ウチのチーム」


 そうだったのか。

 東京の部署が人員を募集しているとのことで異動の話をもらったが、理由はそれだったのか。

 人が減っていく部署だったのか。

 たぶん、自分が呼ばれたのは、若いから。

 若い方が柔軟にあの課長のいうスタイルにチェンジできる可能性があるから。

 そういうことか。


 初日の会議で抱いた違和感から、さっきのこと、そして自分が呼ばれた理由、様々なことが繋がっていく。


 合田は続けた。

「雑誌事業がこれから縮小していくのは避けられません。僕たちのいまの仕事はドンドン減っていく。だったらあのWEBのやり方をやっていくしかない。そうじゃないと生き残れません」


 別の女性部員はこうも言った。

「九門さんは最初からWEBニュースの方に入ったからラッキーだと思ったほうがいです。いまのうちに課長のやり方を身に着けておいてください。自分の居場所を守るために」


 そして「あ、私は佐藤といいます」と名前を教えてくれた。


 佐藤さんか、漫画シリーズが途絶えたな。


 実は佐藤さんの下の名前は「静香」なので、途絶えていないのだが、それを知るのはちょっと未来の話だった。


 しかし、自分の居場所を守るって……。

 そんな部署なのか、ここは。


 3日目が終わった。

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