第40話 新部署の話を聞いた

「九門さん、大丈夫ですか?」



 異動3日目の朝、話しかけてきたのは、熊田さんだった。


「ん? 大丈夫って?」

「課長ですよ、課長。イビられたりしてないかなって…」

「ああ…、確かに言葉にトゲがあるような気もしますけど、まあ大丈夫ですよ。そういうのは慣れてますし」

「そうですか、ならよかったです」


「でも、なんであの人、あんな感じなんですかね」

「ああ…」


 熊田さんは九門に課長のキャリアと、そのキャラクターの理由を話し始めた。

「課長ってね…」


 課長は雑誌編集部出身で、若手編集者のころ、そう、いまの九門くらいのころ、しばらくなかなか評価されない時期を過ごしていたらしい。


 評価されない理由は様々あるだろうが、プライドが高い彼は、自分が悪いのではなく自分の良さを見いだせない会社と上司が悪いのだと呑み会のたびに当たり散らしていたそうだ。


 そんな彼の転機が、WEB部署への異動だった。


 当初「これは不当な左遷だ」と、やはり酒の場で当たり散らしていたものの、時代と会社の流れがデジタルシフトとなり、自分の部署がメインストリームになってくると、今度は、かつて自分を評価しなかった雑誌編集部を馬鹿にする態度に変わっていったとのこと。


 曰く「紙の人間は古い」「だから自分のことを評価できなかった」「時代は変わった。今度は自分がアイツらを評価する番だ」「WEBの世界についてこれない人間は自分が淘汰する」と。


 そんなこんなで、いわゆる紙の編集者の仕事を過剰に否定する模様。


 それから年月が経ち、かつて別部署だった出版事業とWEB事業は統合され、いまは紙媒体とWEB媒体の混成編集部の体制に。部長も課長もWEB側の人間なので、紙媒体のチームは少々肩身の狭い思いをしているそう。


 会議の場では、雑誌側の人間が何か言うとWEB側の人間が鼻で笑うようなこともあるそうだ。「それ、意味あるんですか?」「数字で喋ってくれません?」「いつの時代の話ですか?」みたいな。


「へえ…、そうなんですね…」


 熊田さんは、ココだけのハナシ、と伝えた。 

「九門さんって、有望株の編集者として異動してきたってハナシだから、特に課長に敵視されちゃうんじゃないかなって。部長も物腰はマイルドな方だけど、課長とスタンスは似てるし」


「課長のことは何となく分かりましたけど、部長はなぜ?」


 熊田さんから、再びココだけのハナシ。

「部長はIT企業から来た人なんです。2年前くらいに来たんですけど、その時から紙媒体の編集者を馬鹿にする発言が多かったですね。だから課長と気が合うみたいで。あの人を課長に推薦したのも部長だってハナシですし」


「なるほど…」


 そういえば、SNSとか見ててもそんな感じはあるもんな。

 雑誌やテレビ、新聞などレガシィメディアの人間って何かとIT企業系から馬鹿にされがちだ。

 初日の会議でも部長の発言にその片鱗は見えたし。

 ともあれ、部長と課長のことはよく分かった。

 会議の雰囲気の理由も分かった。

 それが良いか悪いかはさておき、事実としてアタマには入れておこう。

 自分はコテコテの編集者だからターゲットになるだろうし。

 さて、それはそれとして、自分の原稿はいつ読んでくれるんだ?

 12時を過ぎても課長はやってこない。

 まあ自分も朝は弱い方なんだけど。


 九門は「勉強」を続けた。


 自分が書いたコード(といっても、簡単なhtmlだが)をブラウザで表示し、上手くいったらちょっとニヤッとする時間を過ごした。


 テキストリンクを作れた。ニヤッ。

 画像を配置できた。ニヤッ。

 その画像に「回り込む」形でテキストを入れることができた。ニヤッ。


 こんなことでも嬉しい。よくある「タグの閉じ忘れ」で画面が崩壊した時は顔面蒼白になるが、それを直す作業もまた楽しかった。そしてやっぱり「ニヤッ」である。


 名古屋なら「なにひとりで笑ってんだよ、気持ち悪い」と突っ込まれるところだが、ここでは誰も他人の様子など気にしていないので、存分にニヤけることができる。


 って、別にニヤけたいわけじゃないけど。


 そして50回ほどニヤけて迎えた13時、やっと課長から声がかかった。

「読んだよ、原稿」


「はい」


 課長、ニヤリとしつつ

「さて、どこから話そうかな」


 異動3日目、九門はやはりターゲットになったようだ。

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