第38話 新天地での初日が終わった

「ただいま~」


 19時半、九門帰宅。


 初日の仕事(といっても、半分はお勉強タイムだったが)を終え、片道1時間弱の電車で自宅に到着。表情はあまり明るくない。


「おかえり~」

「うん」


「ありゃ? やっぱり初日は疲れた?」

「そうだね、ちょっと」

「ごはん、すぐ出来るけん、ちょっと待っとって」


「うん、ありがとう」


 九門はダイニングテーブルに腰掛け、今日買ってきた本を手に取った。htmlタグとjavascriptの入門書のような本。かつて自分が編集者の入門書を買った時のことを思い出しつつ、ページをめくっていく。


 うーん、よく分からない。

 ていうか、そもそも自分にはこういう知識は必要ないんじゃないか? 

 って自分がどんな仕事するのかまだ分かってないけど。


 とか考えつつ、サクラが出してくれたオムライスをモグモグ食べる。


「大地君、さっそく勉強しよん?」

「うん、まだ仕事ないから暇でさ」

「ふーん」


 カチャ、カチャ。モグモグモグ。


「でも、これよく分かんねえわ……。大変そうだな、新しい部署」

「大丈夫じゃろ」


「ん?」


 サクラ、ニコリ。

「大地君、ネットであんなに人気あるんじゃけん、大丈夫よ」


「……。」


 そうか、言われてみればそうかも。

 仕事で本格的にWEBに取り組んだことはないけど、自分はあの鬼面ライターじゃないか。


 そう思うと、なんだか少し楽になった。


 九門、ニコリ。

「ありがとう、なんかやれそうな気がしてきた」


 サクラも、もう一度ニコリ。

「うん」


 夕食後、九門は「異世界バスケ」を更新した。


 主人公は、新チームに移籍した。関東大会や全国大会に何度も出場している名門クラブに。しかし、この新入り選手に対し既存メンバーからの視線は少々厳しい。これまで腕に自信のある何人もの子供たちが、このクラブに来て挫折しては退団している。きっとお前もそのタイプだろうという冷たい視線、という設定だ。


 わりとありがちなハナシかな、日本人サッカー選手が海外に渡った当初はパスをもらえない、みたいな。

 ちょっと違うか。まあいいや。

 そういう物語の王道的にも、やっぱりここらでちょっと苦難の要素を放り込んでみようか。

 そう、抑揚が大事よ、抑揚が。


 九門は路線変更を決めた。


 あ、そういえば、今日サクラは何をしていたんだろう。


「サクラは今日は何してたの?」

「ん? ずーっと荷物の整理。あと買い物」

「あ、そーか、任せっきりでゴメン」

「ええんよ、アタシそういうの好きじゃけん」


 九門はちょっと心配になってきた。


 ふたりとも東京は初めての街だ。でも、自分には新しい職場がある。そこで仲間はできるだろう(若干、初日の感じでは不安だったが)。だがサクラは違う。友達もいなけりゃ職場もない。


 これ、しばらくの間ひとりっきりなんじゃないか。

 子供でもいれば、ママ友とかできるんだろうが。


「そうだ、子供作るか」


「え?」

「いや、その…」


「大地君、エッチじゃな」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ」

「ふふふ」


 引っ越しと各種手続き三昧だった三連休を経て、東京での本格的な生活の、初日が終わった。


 そして、翌日、九門は具体的な仕事を与えられることとなる。


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