第37話 新天地での仕事が始まった
「名古屋の編集部から来ました、九門大地です。よろしくお願いします」
新天地となる異動先の部署、朝の会議で自己紹介をする九門。
自分がこれまでやってきた仕事、これからの意気込みなどを話し、頭を下げて椅子に座った。少し大人しい感じの拍手をもらった。
新部署のメンバーは約20名。平均年齢は名古屋時代より若い印象。みんなの顔を見る限り、27歳の九門より若い部員も半分くらいいるんじゃないだろうか。
なんか名古屋とは随分雰囲気が違うな。
まあ、いいけど。
その後、会議の場で、同部署の部長は九門に告げた。
「こっちは名古屋とは全然スピード感違うからね。あと、紙の仕事しかできない人間はついてこれないから。そのへんしっかりアタマを切り替えるように」
「紙の仕事」とは、雑誌や書籍など紙媒体全般の業務を指す。オンラインビジネスに携わる人間が、それらを「紙」と一文字で表現することは少なくない。
「ああぁ!?」と、言いたいところだったが、初日からヘンな空気は避けておきたい。九門は笑顔(といっても、ちょっと苦笑い)で「承知しました」と返した。
新部署の部長は、細身でジャケットスタイルの45歳。豪快な雰囲気だった名古屋の編集長とは真逆の印象、服装といいメガネといい、スマートでクレバーな感じが漂う。
異動前に一度会ったときは穏やかな風に見えたが、いざ初日を迎えると、朝の会議からなかなかの一発である。
確かに会議の内容は今までとは違った。
この新部署には、紙の仕事もWEBの仕事もあるのだが、圧倒的に紙よりWEBの議論に時間を割いている。そしてとにかく数字のハナシが多い。
雑誌の企画内容についてあーだこーだと盛り上がっていた名古屋時代の会議とは全く異なる空気だ。参加者は皆自分の前にノートパソコンを広げ、どうやら発言者の顔もあまり見ていない。
ていうか、話聞いてないんじゃないか?
ちょっと面白い話が出ても笑い声はほとんどないし。
あるいは、静かにしてなきゃいけないルールでもあるんだろうか。
やっぱり名古屋とは随分雰囲気が違うな。まあ、いいけど。
会議を終え、一同、執務スペースに移動。
九門の席は、8人のシマの角。端っこは嫌いじゃないので、これはいい。ラッキーだと思いつつ、九門はこれから毎日を過ごす周辺のメンバーに改めて挨拶をした。
「分からないこと多いんで、いろいろ質問しちゃうかもしれませんけど、ウザがらずに相手してくださいね」
特にリアクションはなく、みんなペコっと頭を下げるのみ。ちょっと恥ずかしくなり、赤い顔で席に座った九門に、隣の男から声がかかった。
「とりあえずWEBの勉強でもしとけよ。マジでこっちと名古屋は全然違うからよ」
「……?」
隣の席は、30代中盤くらいの少し強面の男。名古屋のケンさんとは真逆の雰囲気。
しかし、いきなりこんな言い方って。
その男は、課長とのこと。さっきの細身の部長に次ぐポジションだ。ちなみに課長の下の名前は薫(かおる)というらしい。
ブタゴリラと一緒か。
優しい雰囲気ながら名前は「ケンゴロウ」だったケンさんとは、やっぱり真逆だ。
「おい、さっき部長も言ってたけど、WEBわかんねえ奴はついてこれねえから」
九門、何度も言わなくていいよと思いつつ
「はい、了解です」
「はぁ…」
なんのタメ息だ? よくわからないが、なんだか馬鹿にされているような。
その日は、オフィスをひと通り案内されたあと、この部署の事業や会議体の説明などを聞き、あとは「テキトーにWEBの勉強でもしてて」となった。
オフィスを案内してくれたのは、女性部員だった。九門より(おそらく)少し年下(さすがに年はまだ聞けない)の契約社員とのこと。熊田さんというらしい。あ、またブタゴリラと一緒だ。
熊田さんは、小声で九門に告げた。
「課長、ちょっと面倒くさい人だから、気を付けてくださいね」
「え?」
「いえ、何でもないです」
「はぁ…」
時間があるからラノベでも更新しようかと思ったが、さすがに初日からそれはアレだなと、九門は大人しく「勉強」することにした。
時間があるし、本でも買ってくるか。
少しでもWEBのアレコレを身につけておかないと。
って、何を買えばいいかもよく分からないや。
さっきの熊田さんに聞いてみようか。
が、
「え? そういうのはよく分からないです…」
「そうですか…」
「ゴメンナサイ、役に立てなくて」
「いや、こちらこそヘンなこと聞いてゴメンナサイ……」
なんだか「うむむ」な雰囲気で初日は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます