第36話 彼女に話した

 蕎麦を食べる手を止めたサクラ。


 九門は静かに話を始めた。

「あのさ、『異世界バスケ』っていうラノベ、知ってる?」


「ん?」

 蕎麦が口と椀をつなぐ形で止まっている。


「とりあえず、それ食おうか」

「うん」


 ズズズーーーーーーー。


「知ってる?」

「うーん、聞いたことはあるかも」

「あれ書いてんの、俺なんだ」

「そーなん?」


 この告白、相手次第では「えええええーーーーー!!!!???」な話なのだが、そもそも「異世界バスケ」自体をよく知らないサクラはこの反応。


 九門はもうひとつの話も伝えた。

「でさ、そのラノベを連載しているブログが結構アクセス数があってさ、俺、こないだプロ契約したんだ」


「そーなん?」


 これまた反応は薄い。プロと言われてもピンと来ないのだろう。


 九門は続けた。

「プロ契約でどのくらいのお金が入るのかはまだ分かんないんだけど、お義父さんとの約束守るからさ、俺」


「うん、ありがとう」

「うん」


「でも、困ったらアタシちゃんと働くけん。そん時は言ってぇよ」

「うん」


「……。」


「話はおしまい。じゃあ、食おう」

「はーい、いただきまーす」


 ズズズズーーーーーーーー。


 その夜、九門は「異世界バスケ」を更新した。


 主人公は、もうすぐ新チームに移籍する。結局、まだダンクは披露せぬままに。


 九門は色々考えていた。


 「実はその後、ダンクができなくなっていた」っていうストーリーはどうだろう。

 いざやろうとしたらできない、呆然とする主人公。

 でも「ダンクができる」ことで得た自信、つまり「自分を信じるチカラ」こそが本当の価値で、主人公はダンクよりももっと大事なものを既に手に入れていたのだ…みたいな。


 が、ここまで引っ張っておいて、実はできまへんってのもあんまりだろうと考え直し、やはりダンクができる小学生の設定で進めることにした。


 新しいチームは今までとは違い名門クラブ。元々のメンバーと切磋琢磨の日々が待っている。そこには友情もあればライバル心もある。ストーリーは盛り上がっていくはずだ。


 ここらでやっぱり挫折を一発ぶち込むか? 

 いや、ラノベの世界でウケる爽快さを考えると、とんとん拍子が正解か?


 かくして、主人公のダンクはまだ試合でも練習でも披露されないままである。こりゃまた読者はイライラしそうだな、と九門は久々にニヤけた。


 その頃、九門のブログ「雲の筆」と鬼面ライターのtwitterを確認したサクラは布団の中で言葉を失っていた。


 その作品の規模は、自分が想像していたレベルと全然違っていた。


 サクラは寝室から、リビングの大地に声をかける。

「大地君、大地君!」


「ん?」

「これ、ホンマに大地君が書いとん?」

「そうだよ、さっき言ったじゃん」

「なんか、すごくない、これ??」

「ははは、いっぱいお金入るといいけどな」


「うん……」


 あの、膨大なアクセス数を目にした日の九門と同じだった。サクラは「異世界バスケ」と鬼面ライターのあまりの規模を見て、少し怖くなった。布団の中で心臓の音が聴こえた。


 そして翌日、


 九門の東京での仕事が始まった。

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