第29話 彼女の実家で朝を迎えた

 サクラの実家で迎えた朝。


 目が覚めた瞬間、九門は見慣れぬ部屋の景色を前に「ここどこだっけ?」となったが、それから3秒くらいで、自分がサクラの実家にいること、昨日の会話、ブログのプロ契約の確認をすること、の3点を思い出した。


 考えれば考えるほど金がかかる。引っ越しや新居もそうだし、挙式の費用も必要だ。未来に家族が増えることになったらば、さらに。


 隣の布団でサクラがすやすやと眠っているのを確認すると、九門はスマホを拾い、そーーっと歩き、トイレへ向かう。


「おっと、2階にはトイレがないのか。ちょっと古いタイプの家だな」と思いつつ、なるべく音をたてぬよう階段を降りる。


 トントントン……。


 包丁がまな板を叩く音と味噌汁の匂い。自分の家でもないのに、九門は「あ、なんか懐かしい」と思った。


 ジャーーーー。


 トイレから出ると、サクラ母から声を掛けられた。

「あら、おはよう。よう眠れた?」


 他人の家だということを思い出し、九門は少し姿勢を正した。

「おはようございます。ハイ、結構寝ましたよ」


 サクラ母、ニコリ。

「ほんなら、居間においで。もう朝ごはん出来るから」


 「ハイ」と返事し、九門は居間へ向かう。


 ああ、だったらサクラを起こせばよかった、と思いつつ、コタツへ。そこにはサクラ父が座っていた。


「おはよう、若いのに早起きじゃな」


 九門は先程同様、ちょっと姿勢を正して「おはようございます」と返事をし、スマホを確認。時計の表示は「12月30日 午前7:30」、確かに休日の朝にしてはちょっと早い目覚めだったかもしれない。


 そして、サクラ父との会話で重要なことを思い出す。


「大地くんのご両親にも早く挨拶せんとな」

「あ……」


 そういえば、自分の両親にはまだ何も話していなかった。


 サクラの両親は、サクラから「まだサクラが九門の両親に会っていないこと」は聞いているようだが、まさか九門が自分の親に話していないとは思っていないだろう。


 今日にでも電話しておこう。どうせ何も言われないだろうけど。

 この年末年始は実家に帰るつもりがなかったけど、こうなると、サクラを連れて実家に行かなきゃいけないな。


 といっても名古屋の九門自宅から実家へはクルマで1時間半ほどなので、すぐに行けるのだが。


 ブログのプロ契約の話に、自分の親への報告、そして帰省(といっても1時間半ほどだが)、いわゆる「やること」が増えるとちょっと憂鬱になるタイプの九門。今回も例外ではなく、ちょっと面倒くさい気分に。



「おはよう~~」


 口に手をあて、アクビをしながらサクラが居間に登場。


 サクラ父が声をかける。

「おお、早いな、珍しい」


「そう?」


 のんびりとしたサクラの顔を見たら、さっきまでの憂鬱が少し和らいだ。あー、こういうことだな、だからコイツがいいんだよな、と改めて感じる九門。


 その後、4人で朝ご飯を食べ、少しのんびりしていると、サクラ母から「午後からちょっと買物に行こうと思うとんじゃけど、大地くん、どうする?」との質問。


 九門は、実家に電話をしたかった。ちょっとでいいので、一人になりたい。


 どう返事したものかと考えていたら、サクラ母から「ちょっとゆっくりしたいじゃろ。ウチらとサクラで行ってくるから、大地くんは留守番にする?」との提案。


 なんと、これはありがたい。

 サクラ母、なんか空気読んでくれる系だ。


 九門は「ホントは一緒に行っても全然いいんですが、ここはお言葉に甘えまして」的な雰囲気を出しつつ、「そうですね。留守番させてもらいます」と返事をした。


 迎えた午後、

「ほんじゃあねええ」とサクラが手を振り、3人は買物へ。


 九門には、昼ごはんの焼きそばが用意されていた。サクラ母がささっと作った一品である。


 休日の午後の焼きそば率の高さたるや、と思いつつ、でも休日の午後に焼きそばを作るのは、様式美的には父親だろ、とも思いつつ。


 この焼きそばは後で。

 まずは電話。


 九門はスマホを手に取った。

 

 両親に電話を掛けるのは、たぶん1年ぶりくらいだった。

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