第27話 結婚を申し込んだ
サクラ実家のリビングルーム。
部屋の中央に置かれた長方形のコタツ、サクラの両親が並んで座り、向かい合う形で九門とサクラが座る。
正座の九門は、首筋と腋に汗を感じながら、さて、どこからどう切り出したものか、と考える。
やっぱりあれか、定番の「お嬢さんを私に」というやつか。
いや、その前に簡単な自己紹介でもするべきか。
が、そんなシミュレーションは不要だった。
サクラ母が笑顔で口を開く。
「もうサクラから色々聞いとるんよ。『お嬢さんをください』みたいなのはいらんからね。も~、お母さん、こんな硬いの耐えられんわ」
「え……?」
サクラ父も笑顔だった。
「リラックスしてください。メシでも食いながら話しましょう」
「は、はい……」
「お腹空いたでしょう? 大地くん」
サクラ母はそう言うと、コタツから立ち、奥のキッチンへ。
そして、大きな寿司桶を持って戻ってくる。なんとも豪華。おそらく「特上」というやつだろう。
「サクラ、冷蔵庫からビール持ってきてちょうだい。あとグラスも」
「はぁ~い」
サクラ父がビール瓶の口を九門に向けた。
「大地くんは、ビールは大丈夫かな」
九門はグラスを差し出した。
「はい、大好きです。いただきます」
九門は再び考え始めた。
確かにご夫婦の雰囲気は古風かもしれないが、サクラが心配そうに言っていた「古い人だから」という感じは1ミリもない。
はたして、夕食が始まった。
九門は、仕事のことや自分の両親のことなど、ひと通りの自己紹介をし、おそるおそるながら、ビールと寿司を口に入れていく。気づけば足を崩していた。最初の緊張感は随分なくなっていた。
しかし、これはこれで、また難しいシチュエーションだ。ハッキリと結婚の話はしていないのだが、どうもサクラの両親はその前提でいてくれている。
一番難しいところをクリアできていて、それはありがたいのだが、なんというかケジメがつかない。モヤモヤした感じが続く。
よし、
九門は決めた。「あの…」と、両親に声をかけ、再び正座に。
「ん?」
サクラ両親、一瞬身構える。
「あ…」
何かを感じたのか、サクラも正座に。
今日一番の汗を感じながら、九門は告げた。
「すみません、不要なのかもしれませんが、ちゃんと挨拶はさせてください」
「あら…」
「……。」
サクラ両親も正座。
九門は少し体を引き、コタツから出て、頭を下げた。
「もうお聞きかもしれませんが、仕事の都合で2月から東京に異動になります。私は、サクラさんと一緒に東京に行きたいと思っています。結婚させてください」
九門からは見えないが、サクラも同じように頭を下げていた。
「………。」
沈黙。
頭を下げたままの九門。
再び汗を感じる。さきほどの「今日一番の汗」の記録が、一瞬で塗り替えられていた。
静寂を破ったのは、サクラ父だった。
「頭を上げてください」
九門、静かに頭を上げる。
サクラ父は、またビール瓶の口を差し出した。
「届けはまだかもしれんが、今から大地くんはわしの息子じゃ。飲みなさい」
「……!」
九門、再び頭を下げる。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
ちょっと大きな声を出してしまった。
グスッ…。
隣から鼻をすする音が聴こえた。
「……?」
九門が横に目を向けると、サクラが涙をぬぐっていた。
やさしい笑顔のサクラ母。
「あら、ウチを出る時も泣かんかったのに」
「ゴメン、なんか分からんけど、出てきた」
因みに、あとから聞いたら、その「ウチを出る時」も、実は電車に乗ったあとに号泣だったらしいが。
サクラ父も笑った。
「もうワシも硬いのはしんどいわ、ホンマにゆっくり飲もう」
九門も笑った。
「はい、僕も疲れました」
サクラ母は、さらに声を出して笑った。
「はぁ~、やっと気持ち悪い時間が終わったわ」
それを口火にみんなも声を出して笑った。
九門は再び寿司を口に運んだ。さっきまでの100倍美味かった。やっと味がハッキリ分かるようになり、モグモグと口を動す九門だが、しかしまだひとつ引っかかることが残っている。
人生最大に緊張した時間だったが、何もなく一旦終わった。でも、サクラが心配していたことは何なんだろう。
その答えは、10分後に分かった。
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