第26話 彼女の実家に来た

 12月29日、夕方の名古屋駅。


 帰省客で溢れかえる東海道・山陽新幹線の下りのホームに、九門とサクラはいた。


 九門の手には、名古屋名物「坂角総本舗」の海老せんべい「ゆかり」。


 ういろうも考えたが、自分も食べたいと考えたら、ふたり一致で坂角のせんべいだった。サクラ曰く「両親とも海老せんべいは好きなはず」とのことなので、問題ないだろう。


 間もなく、ふたりを乗せる新幹線がやってきた。

 2列シートに座る。九門が通路側、サクラが窓側。


「みんなアタシと同じ喋り方じゃけんな」

「そりゃそうだろうな」

「なに言っとるか分からんかったら、アタシに聞いてぇよ」

「そうするよ」


 いや、お前もたまに何言ってるかわからないけどな。


「どうなるかなあ、ウチの親、ちょっと古い人じゃけんなあ…」


 おいおい、こんな直前で不安になるようなことをわざわざ言うなよ。

 古い人ってどういうことだ?

 一応スーツは着てるし、土産も用意してあるが、まだ何か足りないことがあるのか?


 九門は、車中ゆっくり寝ようと思っていたのだが、この宣告によりヘンにソワソワし始めてしまい、全然寝られなくなってしまった。


 一方、サクラはすやすやと寝ていた。



 のぞみで約1時間40分、ふたりは岡山駅に着いた。時計の針はまもなく18時を指すところ。すっかり日は暮れている。


 ホームに降り、大きく伸びをするサクラ。

「あ~、帰ってきたって感じじゃわぁ」


 ヘンなソワソワが抜けきらず、無言の九門。

「………。」


「緊張しとん?」

「ん?」

「ふふっ、大地くんでもそういうコトあるんじゃな」


 いや、お前のせいだろ、と思いつつ、微妙な笑顔を九門は返した。


「こっちこっち、急いで。こっちの電車は一本逃したらなかなか来んで」

 サクラの案内で、ふたりはサクラの実家へと向かう。


 JR在来線とバスを乗り継ぎ約40分、辿り着いたサクラの実家は、大きな一戸建てだった。


 見上げる九門。

「デケえ家だなあ」


「ん? 普通じゃろ」

「いや、デカいよ」


 立派な庭があり、クルマを2台入れてもまだ余裕がある駐車スペースがあり、九門からするとかなり大きな家に見えるが、聞けば、このへんではこのくらいが普通だとのこと。そういえば、周りの家も総じてデカい。


 キョロキョロする九門をよそに、サクラは玄関を開ける。

「ただいま~」


 すぐに母親が出てきた。

「おかえり」


 蕎麦屋の奥さんと同じくショートカットだが、蕎麦屋の奥さんとは違い、少々クセっ毛でややぽっちゃり。蕎麦屋の奥さんのようにキリッとした感じではなく、いかにも穏やかで柔らかな雰囲気。


 サクラ母は、九門の顔を見ると、ニコリ。

「アンタが大地くんじゃな。はじめまして、サクラの母です」


 九門はぎこちなく返事をする。

「はじめまして、九門と申します」


 サクラ母は今度は声を出して笑った。

「そんなにかしこまらんでもええんよ、ウチはそういう家じゃないけん」


「は、はい」


 あれ? 古い人なんじゃ…、と思いつつ、返事。


「ほんなぁ、上がってちょうだい」


 靴を脱ぎながらサクラが聞く。

「あれ? お父ちゃんは?」


 サクラ母は笑った。

「おるよ。恥ずかしくて出てこれんのんよ、ふふふ」


 お父ちゃん? 


 九門は一瞬ビックリ。

 サクラは両親を「父ちゃん、母ちゃん」で呼んでいるのか……!


 リビングに入ると、サクラの父がいた。


 大きな部屋の真ん中にコタツがあり、サクラの父はそこに座っている。コタツの上には見本通りといわんばかりに、カゴに入ったミカン。


 サクラ父は、白髪頭で若干強面。ただし蕎麦屋の店長ほどイカツイ顔ではない。背は九門と同じくらいで、普通の体形。見るからにゴツイ店長とはやはり違う。


 九門は手土産のせんべいを差し出しつつ、挨拶をした。

「はじめまして、九門と申します」


 サクラ父は、コタツの向かいに手を向けた。

「こりゃ丁寧にどうも。座ってください」


 九門、コタツの横に正座。

「失礼します」


 サクラ父、一度背筋を伸ばし、九門の方に体を向け、

「サクラの父です。今日は遠い所わざわざ……」


「ちょっとちょっと、お父さん、何を似合わん挨拶をしとんよ」


 笑いながらサクラ母が入ってくるる。


「ごめんね、ホンマにぃ。大地くん、ええんよ、普通にしとりゃ。この人緊張しとるんじゃから。ほら、サクラも座りなさい」


「はぁ~い」


 やや強面で不器用な感じの父親と、それを笑って突っ込む優しい雰囲気の母親。


 確かに、ちょっと古いタイプの家なのかも。

 しかし、こんな緊張は生まれて初めてだ。


 気づけば、九門はじっとりと汗をかいていた。

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