第25話 大物になる気がする、と言われた

「オレ、行くよ」

 少年は、移籍を決めた。


「新しいチームでやってみる」

 グッとコブシを握り力強く宣言した。これからは強豪チームで戦うことを。


「異世界バスケ」最新話である。


 試練を与えて少し辛い展開を作るか、それともさらに順調にステップアップさせてストーリーを進めるかの二択。九門は後者を選んだ。主人公はチームを移ることとなった。


 ドンドン筆が進む。キーボードを叩き、九門は自身もワクワクしながら執筆を進めた。


 実はまだ主人公はダンクシュートを披露していないのだが(あいかわらず「早くヤレ」のコメントは多い)、「ダンクができる」というバックボーンから生まれた自信溢れるプレイスタイルは、地区内でも注目を集め始めていた。


 そんななか、今回の移籍の話が生まれていた。いろいろ調べてみると、現実のミニバスケットボールの世界では「チームの移籍」は少々難しいようなのだが、そこはなんとか誤魔化しつつ。


 ひと区切りつくところまで書き、九門はノートPCを閉じた。

「ふぅ~~」


 少し片付いた部屋。


 引っ越しは少々未来のことだが、年末の大掃除を兼ねて、九門は少しずつ準備を進めていた。普段ならこういうことはギリギリまでやらないのだが、サクラがせっせと動くので、つられて九門も頑張っているような状態。


 色々大変だ。

 今の仕事の引継ぎをちゃんとやっていかなきゃ。

 引っ越し先もちゃんと決めなきゃ。

 向こうでのサクラの仕事もちゃんと探さなきゃ。


 と、やることは多々あるのだが、なにはともあれ、まずは年末のサクラ実家への挨拶である。


 こういう時はスーツとか着るものなのだろうか、クリーニングに出しとくか?

 手土産の用意もないから、ちゃんとしておかなきゃ。

 そういえば自分の親には何も言っていないぞ、これまたちゃんとしておかなきゃ。


 「ちゃんとしておかなきゃ」いけないことが満載である。


 そこから年末まで、慌ただしく過ぎていく。


 異動の話をオープンにした日、部署のみんなは驚きつつも、エールをくれた。ケンさんがちょっと涙ぐんでいたときは、九門自身も少々キタ。


 「驚きつつも、応援の姿勢」なのは、ライター、カメラマン、デザイナー、仲の良いスタッフたちも同じだった。みんな九門が東京に行くことを喜んでくれた。


 そしてなぜか多くの人が口を揃えて「九門大地は、大物になる気がする」とコメントした。


 九門は、ラノベ界では既にちょっとした有名人になっている。周囲が「大物になる気がする」と思うのは、九門自身にその気はなくとも、ひそかに醸し出すオーラがあるのかもしれない。


 大物の予感なんて言われると、なかなかくすぐったいじゃないか。

 でも、ラノベ作家「鬼面ライター」の正体は、店長以外誰も知らないんだよなあ。


 それを改めて思ったとき、ちょっと待った、となった。


 さすがに、もうサクラに黙っておくわけにはいかないんじゃないか。

 なんたって、家族になるんだから。

 いつかちゃんと話さなければならない。


 「ちゃんとしておかなきゃ」が、またひとつ増えた。



 そして一週間後、


 名古屋駅のホームに、九門とサクラは並んでいた。

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