第24話 大事なことをふたつ告げた

「暖か~~い」


 コタツに入るサクラ。今日も雪見だいふく。


 九門は向かい合う形でコタツに入っている。ノートPCは手元にない。


「今日は書かんの? ブログ」

「うん」

「ふーん」


「あのさ……」

「ん?」


 まどろっこしいのはイヤだ。

 すぐに話しちまおう。

 

 九門は、人事異動の話をサクラに告げた。

「東京に行かないか、って編集長に言われたんだ。あの、だからつまり、異動の話」


「え……?」


「東京の部署から人事の相談が来てて、編集長が俺を推薦したいんだって」

「東京? いつ?」

「2月」


「……。」


 しばしの沈黙。


 サクラはうつむいたまま、動かない。


 何か考えている様子。それはまあ当然のことなのだが。いきなりこんな話をブッこまれて普通に会話が続く方がむしろおかしい。


 もうしばしの沈黙ののち、下を向いたまま、サクラが聞いた。

「それはもう、決まったことなん?」


「いや、まだ相談されただけ」

「どうするん? 行くん?」


「……。」


 再びの沈黙。


 そして、九門は告げた。


「行きたい」


 サクラ、下を向いたまま、問う。

「アタシは……」


 九門はそれを遮った。

「サクラも一緒に行こう。年末に親にちゃんと話して」


「……!?」


 顔を上げた。びっくりした顔。そして、少し目が潤んでいるような。


「結婚しよう。一緒に東京に行こう」


「……!?」


 なぜこんなに一気に畳みかけたのか。


 異動の話をして、10秒後にもうプロポーズしてしまった。何かあるとモヤモヤして店長のところに駆け込んでいた九門が、それだけで仕事が手につかず、しょうもないミスを連発してしまう九門が、なぜか、このときは一気呵成に進んだ。


 言葉を失っているサクラ。

「………。」


 困っているような顔に見える。


 さすがに、こういう大事な話でこの展開は、デリカシーがなかったか。もっとこう、夜景の見えるレストランとか、海の前のこじゃれた店とか(いまは真冬だが)、ロマンチックなシチュエーションであるべきだったか。


 プレゼントとかと一緒にやるやつか、よくドラマとかで見るのは。いま自分は、自分の部屋でなんの下ごしらえもなく、異動の話と合わせて数十秒でやってしまった。


 コタツの上に食べかけの雪見だいふくが置いてあるという、目の前の風景を確認し、九門は自分のしたことを瞬間後悔した。


 だが、サクラは笑った。一度目をこすり、やっぱりまた笑った。

「大地くん、ありがとう」


「……?」


「東京、一緒に行こ」


「うん」


 サクラはコタツから出た。そして、九門の隣に入ってきた。


「どーした?」


 サクラは九門の肩に自分の頭を置いた。いつぞやの「いっしっし」と同じ顔になった。


 九門も笑った。


「で、東京のどこなん? どんな仕事するん?」

「あ、何も聞いてねえや、それ」


「えーーー?」


「ハッハッハ」

 九門は声を上げて笑った。サクラも笑った。


 その夜、ふたりは蕎麦屋に行った。


 店長は大いに呑んだ。大いに酔った。

「これから忙しくなるな、挨拶に行って、それから引っ越し先も探さなきゃいけねえ。式の準備なんかもあるな。いやあ、しかしめでてえ、ガッハッハ!!!」


 普段ならこういう状態の店長を注意する奥さんも上機嫌だった。

「すごいわよねえ。東京から呼ばれるなんて、九門くん出世するんじゃない?」


「うーん、それは分かんないけど」

「なに言ってんだよ、次期社長だ、次期社長。オイ、飲め九門社長!!」


 九門、眉間にシワ。

「あー、すっげー酔ってんな、店長」


 サクラはずっと笑顔。

「ふふふ」


 自分たち以上に喜んでいるように見える、店長夫妻。それが九門とサクラには嬉しかった。


 ありがたいなあ。


 しみじみしつつ、九門はつい先ほどの店長の言葉を思い出す。


―― これから忙しくなる


 その通りだ。

 挨拶、引っ越し、確かにいろいろある。

 自分は次の職場が既にあるが、サクラは転職活動もしなきゃいけない。

 でも、それは明日から考えよう。

 今日はいいや。


 九門は、大いに呑んだ。サクラも大いに呑んだ。


 そして、翌週から準備が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る