第23話 迷わず行けよと言われた

 ガラガラガラ…。


 九門、蕎麦屋へ。


「おう、どーした」


「いや、色々と」

「ガッハッハ、まあ座れよ」

「っす」


 そろそろ閉店の時間だが、店長は快く迎えてくれた。いつものように2人でカウンター席に並んで座る。


「おう、メシはどうする?」

「あ、大丈夫っす。食ったんで」

「んだよ、じゃあ売上になんねえじゃねえか」

「今度いっぱい食うから」

「ガッハッハ、まあいいや。とりあえずビールでも飲め」


 九門は二つの報告をした。


 年末にサクラの両親に会いに行くこと。

 そして、2月に東京異動の話があること。


 店長は腕を組み、顔をしかめた。

「なんだなんだ、どっちもイイ話じゃねえかよ」


「そうなんだけど…」


「迷わず行けよ。行けばわかるさ」


 どこかで聞いたことのある言葉。ここは顎を突き出して「ありがとー!」とでも言うべきなのだろうが、九門はいま、どうにもそういうノリではない。


「でも、そうなると、お前とこうやって会うこともなくなるんだな」

 生ビールをグビッと飲みつつ、しみじみと店長。


「………。」


「行けよ、東京」


「………。」


「もちろんサクラちゃんも一緒にだぞ」


「そうですよね、やっぱりそうですよね」

「なんだよ、いきなり敬語で気持ち悪りいな」


 グビッ。九門、ビールをひと口。

「いや、俺は行こうと思ってて、でも他の人の意見も聞きたくて、誰かに背中を押されたかったのか、なんなのか、なんかモヤモヤしちゃって」


「らしくねえなあ。まあいいや、行くってんなら応援するだけだよ、俺は」

「あざっす」

「ていうか、俺なんかより、ちゃんと話さなきゃいけない人がいるだろ」

「うん」

「決めたらふたりでウチに来い。壮行会だ。奢ってやるよ」

「うす!!!」


 店の奥で、奥さんが優しく微笑んでいるのがチラッと見えた。九門は少し恥ずかしくなり、あわてて目を逸らした。


 そして、ビールを一気に呑みほした。

「また来るよ、店長。今度はふたりで」

「オウ、待ってるぞ」


 九門は店を出た。


「あ…!」


 そういえば金を払い忘れた。が、あのちょっとシリアスな挨拶のあとに、店に戻るのはバツが悪いので、九門はそのまま帰った。夜の道、ひとり顎を突き出し「ありがとー」とつぶやいた。


 そこから週末まで、少しソワソワした感じで日々を過ごした九門。


 そのソワソワは隣のケンさんにも伝わった模様。

「何かあったの?」


「あざっす、余裕っす」

「そっか」


 九門は話す順番を決めた。


 まずはサクラだ。ふたりで東京に行くかどうかが一番大きなポイントだ。

 次はサクラの両親。ふたりで行くとなると、もうそういう話になるってことだから。

 自分の親は最後。どうせ何も言われないだろうし。


 そして迎えた週末。


 サクラが九門の部屋に来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る