第22話 異動のハナシが来た

「実はな、異動の話があってな」


 応接室のソファに深く腰掛け、両足を開き、いかにも偉そうな姿勢で座る編集長。なんの前置きもなく、九門に異動の話を始める。


「異動? オレですか?」

「お前に決まってるだろ、お前を呼んだんだから」

「は、はあ…。で、いつどこに?」


「2月1日予定、異動先は東京」


「東京……!?」


 突然の異動の話。しかも、あと1.5か月ほど。しかも、東京。


「………。」


 どうリアクションしたものか分からず、しばし無言の九門に、編集長は異動の内容を説明し始めた。

「30前後のイキのいい奴が欲しいってさ、本社から相談があったのよ。なんかWEBにチカラ入れていきたいから若い世代の方がいいって言ってたな。若くてイキのいい奴っていったら、お前じゃん。ここのところ絶好調だもんな、お前」


「は、はあ……」


 編集長が説明を続ける。

「言うまでもないけどさ、本丸はやっぱり東京だよ。事業のサイズも全然違うしな。ウチの社員なら一度は中央の仕事をやんねえとな。お前のキャリアを考えても、ここらで東京に出るのは、わりといいタイミングだぞ」


「………。」


 言っていることは分かる。「本丸」と称される場所に、推薦さているらしいことは光栄なことだ。確かに今後のキャリアを考えても、新しい場所に行くことは大きな意味があるだろう。


 自分でいうのもなんだが、いま自分が抜けるのは、編集長からすれば大きなダメージもあるはずだ。だが、推薦してくれている。それも嬉しい。


「俺は行くべきだと思うぞ。どうする?」

「い、いや、いま初めて聞いたんで、どうもこうも…」


 九門はハッキリとした返事は保留し、応接室をあとにした。


 ひとりで決められる話ではない。


 サクラがいる。


 間もなく両親とも会う予定だ。そう、おそらくサクラはもう他人ではなくなるのだ。しっかり話さなければ。サクラとも、そして両親とも。


 ただ、サクラのことを考えて悩んでいる時点で、答えは出ている。


 つまり九門は、行きたいのだ。だから「ひとりで決められない」と悩むのだ。



 この編集部に入って5年目。いまの仕事にちょっぴり物足りなさを感じ始め、ブログとラノベを書き始めた。そのラノベが支持を得たことが自信となり、仕事への姿勢が変わった。その姿勢が評価され、新たなステップの打診が来た。あのラノベによって、九門の人生に転機が訪れた。


 サクラからのLINEに続き、編集長との応接室の会話、九門はまた考えるべきことが増えた。


 そしてケンさん登場。

「今日もソワソワしてない?」


「ええ……、ちょっと」

「そっか。よく分からないけど、九門くんなら大丈夫だよ」


「は、はい……!!」


 ガラにもなく、爽やかに返事をしてしまった。


 しかし、いろいろ山積みだ。サクラと会社から、よりによって同じタイミングで大きな話をぶち込まれるとは。また、引っ越しを伴うとなると、その2つが繋がってしまうから簡単じゃない。


 うーん、とりあえず、あそこだ。


 九門は蕎麦屋に向かった。

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