転機

第21話 編集長に呼ばれた

 12月になった。


 九門の部屋にはコタツが出ていた。


「暖か~い、もう出とうな~い」

 今日のサクラは、ソファではなくコタツに入り、ミニ雪見だいふく。


 ブログ・ラノベの更新ペースを掴んだ九門は、かつてのように一心不乱にキーボードを叩くことが少なくなった。サクラがいる時はPCを閉じていることも多い。とはいえ、一時期より九門の様子が落ち着いたことで、PCを開いてもサクラは不機嫌にならなくなっていたのだが。


「そろそろ新幹線の切符買ったほうがええんかな」

「そうだな。年末は混むからな」


 あと3週間ほどで、ふたりはサクラの実家に行くことになる。


 九門は初めてサクラの両親に会う。あるいは、年末というタイミングを考えると、両親以外の家族・親族もいるかもしれない。もしかしたらサクラの地元の友人と会うようなことも。


 初回からなかなかのラージヒルだな、と思いつつ、九門はスマホを覗きこんだ。久々にtwitterでエゴサーチ。


「異世界バスケがマジサイコー」

「イセバスにドハマリしているのは私です」

「オレも中学生時代にダンクができたらとか妄想したクチだw」

「てか、まだダンクをしない主人公にイラッとくるw」


 うむ、いい感じだ。


 気分は上々の九門。そして、しばらく画面をスクロールして発見した、このツイートでそれは頂点に。


「異世界バスケの舞台って別に異世界じゃなくね?」


 九門は思わずニヤけた。


 twitterから元サイトに飛んでみる。5ちゃんねるにスレが立っていた。九門が「異世界バスケ」の執筆を始める際に思い描いた光景だった。読者の反応が狙い通りになるというのは、編集者がガッツポーズをとる瞬間のひとつである。


 このときニヤけた九門は、執筆者ではなく編集者だった。


 いい感じだ。

 このあいだ考えたチーム移籍の展開をココでぶっこむか。

 ドンドン話が動いたほうが面白いだろう。

 でもバスケが上手くなってチーム移籍って、いよいよ普通の世界の話だな。

 どこが「異世界バスケ」だよ。


 構想が膨らむ。そして自分でツッコみ、再びニヤける。


「なんか笑ろうとる、キモい」

「ん?」


「たまにそーゆう顔になりよるよ、大地くん」

「あ? ああ、そうだっけ」

「どしたん?」

「いや、面白いスレを見つけて」

「ふーん」


 いろいろ詮索されると面倒だな、と思った九門は、すかさずサクラが(たぶん)喜びそうな話題をぶつけた。

「今日は暇だし、どっか行くか?」


「ん?」

「買物か、映画か、まあ何でもいいんだけど」


「はぁ? 『何でもいい』?」

「……!?」


 どうやら不機嫌になった模様。このシーンで「何でもいい」という台詞は不適切だったか。九門、作戦失敗。ニヤニヤ調査から逃れるべく撃ったタマだったが、サクラの機嫌を悪くさせる結果に。


 九門、考える。そして、咄嗟にこんな言葉が出る。

「ん、まあサクラがいれば、何でもいいよ」


「……!?」


 バタンと突然寝ころぶサクラ。


 コタツを挟んで向かいに位置するサクラの顔を、九門が覗き込む。サクラは顔を横に向け、九門と視線が合わないようにしている。


「ん? どーした?」

「いっしししし…」


 横顔が物凄く気持ち悪くニヤけている。咄嗟に出た言葉だったが、機嫌はよくなったようだ。


 九門も少し笑った。



 翌日、

 さっそく昨日買ったコートを着て出社した九門は、編集長に呼ばれた。


 編集長は、なにやらマジメな表情。これから「ガッハッハ」と笑いながら、しょうもない話をしようとしている人の顔ではない。


 これは何かマズいミスでも発覚したか? どれだ? いや、思い当たるものは特にない。ソワソワしつつ、応接部屋に入る九門。


「おう、実はな……」


 人事異動の話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る