第20話 彼女の実家に行くことになった
目を瞑り、ソファに寝転んでいる九門。
「あ!」
そういえばサクラからLINEが届いて、既に10分以上経過している。確かすぐに開いたので、当然ながらとっくに「既読」。
内容が内容だけに、これを放置するなんて、ジ・エンド以外のなにものでもない。九門は慌てて上体を起こし、スマホを手に取り、サクラに返信した。
「分かった。挨拶に行こうか」
「年末に岡山行くんだろ? 一緒に行くよ。」
この2つの投稿は、ソッコーで既読になった。そして、秒でサクラから返信が来た。 動物キャラクターがニッコリ笑って、親指を立てているスタンプだった。
対する九門は、似たような絵文字を送った。
スタンプというやつがあまり好きじゃなく、ドット式の絵文字を好んで使う。周囲の人間には「古い」といつも笑われるのだが。
テキストによる会話の後、互いにスタンプや絵文字を送り合うのは「この会話はコレで終わり」のような合図だ。誰が決めたのか知らないが、なんとなく全国的にそんな文化が浸透している。
九門はひと仕事終えたような顔で、再びスマホを置き、寝転がる。
「あああぁぁぁーーーーー」
大きく、伸び。そして、ひと呼吸。
こりゃ明日店長に報告かな。
編集長やケンさんにも言ったほうがいいのかな。
あとから伝えると「おいおい、聞いてないよ、冷たい奴だな」的にイジめられる可能性があるもんな。
あ、ケンさんはそんなイジワルはしないけど。
ついにこういう時がきたか、としみじみ思いつつ九門はベッドに入った。プロ契約のハナシはアタマの中から消えていた。
翌日、
九門は1日中どこかソワソワした感じだった。
仕事はテキパキやっているものの、たまに手が止まり、何か考えごとをしているかのような顔をする。そして、たまにLINEを開き、また閉じる。
いつも通りケンさんから声がかかる。
「どうしたの?」
「はい?」
「なんか仕事が手についてない感じだよ。困ったことでもあるの?」
「いや、大丈夫っす」
「そうか、よかった。何かあったら言いなよ」
「っす」
今日もいい人過ぎる。「聞いてない」的なイジワルなことは言ってこない人だが、ケンさんにはやっぱり早めに話したほうがいいな。
一方、
「おい、九門」
「はい?」
声の主は編集長。ゲラを指さしている。
「ココ、なんでこうなってんだ?」
「ええっと、先週お伝えした通り、クライアントから相談があって…」
「いや、俺は聞いてないよ、何も」
いや、言ったし、と思いながら九門は「スミマセン、確認します」と告げ、席に戻った。
この人は絶対「聞いてない」っていう人だ。ていうか、いまも言ったし。
何事もちゃんと報告しないと後から何を言われるか分からない。
帰宅後、
九門はラノベを書いた。昨日は途中で筆が止まったので、続きをカタカタと打つ。
このへんで主人公に何か試練を与えてもいいかもな。
例えばケガしちゃうとか、チームメイトとケンカをするとか。
全部が全部上手く進んじゃってもつまんないだろ。
いや、スイスイ行ったほうが、ストレスなくて最近の読者は喜ぶのかな。
だったら、試練とは逆に強豪チームに移籍してステップアップするなんてのも面白いかもしれない。
いや、そうなったらそこで結局試練が生まれるか。
やっぱりストレスはないほうがいいのかな。
このへん、売れてるラノベの法則とかなかったっけ。
自ら執筆しつつも、編集者というもうひとりの自分が時折現れ、自分のストーリーを見つめる。コメント欄にも細かく目を配り、マーケティングデータとして活用する。ネガティブなコメントには依然少々傷つきながら。
なかなかラノベの動きも順調だな。
ゆとりも出来てきたし、来週あたりサクラとどこか行こうか。
ラノベの主人公には試練を与えようかと考えた九門だが、本人の生活は至って順調だった。
しかしこの平穏な毎日は、1か月後、大きく動く。
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