第09話 初めて褒められた
季節は秋、
九門は店長の蕎麦屋にいた。
時計は午前0時30分、とっくにもう閉店時間を超えているのだが、仕事の都合で深夜帰宅になることも多い九門は、よくこのくらいの時間に店を訪れる。そして店長はその九門をいつも笑顔で迎えてくれる。
「いつもの鴨汁でいいよな」
生ビールを注ぎながら店長が言った。
「うーっす」
九門はビールを受け取り、答えた。
九門は、厨房が見えるカウンター席に座っている。蕎麦を茹でる店長の背中が見える。
この人がメシ作ってる時の背中、いつも妙にカッコいいよなあ。
ビールを飲みながら、九門は思った。
店長が振り返った。
「そういや、どうよブログは」
九門はちょっと恥ずかしそうに答えた。
「いや、ケッコー頑張ったつもりだったんだけど、全然人が来なくて…」
「ふーん、どのくらい?」
「まだ1日120人くらい」
「は? まあまあ多いじゃん」
「え?」
「まだ始めて半年も経ってねえだろ、120いれば、まあまあだって」
「そーなの?」
九門は出版社勤務、自分の編集部で運営するWEBサイトの数字をいつも見ているため、1日の訪問者が100人少々というのは、ひどくチッポケに映っていた。
だが、店長からすると「まあまあ」だという。
「それにさ……」
「……?」
「あの話、面白れえじゃん、バスケのやつ」
「そうですか?」
基本タメ口の九門が思わず丁寧な返事(というほど丁寧でもないが)に。ちょっと照れくさかったのだ。同様のコメントがブログに書かれることは何度もあったが、面と向かって言われたのは初めてだったから。
店長は「雲の筆」の管理人「鬼面ライター」が九門であることを知っている唯一の人物だった。そして、身バレしたくないという九門の意思を汲み、誰にもそれを話していない。
その店長が、こうも言った。
「あれはさ、跳ねたら多分一気に行くぜ」
ズズーーーーッ。
「跳ねたら」か……。
店長が出した鴨汁そばをすすりながら、九門は考えた。
だいたいこういうのって、twitterとかで火がつくんだよな。
でも自分のアカウントで宣伝したら、身バレしちゃうしな。
鬼面ライターのアカウントなんて作っても、まだ無名だから誰もフォローしてくれないだろうし。
なんかいい方法ないのかな。
って、もう週1くらいでしか更新してないけどさ。
開始からもうすぐ半年、あいかわらず訪問者数は伸びない。だが初めて褒められた。自分のラノベが面白いと言われた。
少し風が吹いた。
もうちょっと頑張ってみようかな、と九門は思った。
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