第07話 3か月が経った

 九門のブログ「雲の筆」が立ちあがって3か月、季節は夏となっていた。


 九門が更新した記事数は110本、うち「異世界バスケ」は38本(つまり、38話)。読者数はさらに少し増え、1日あたり80人ほどになっていた。


 とある土曜日、九門の部屋。


 カタカタカタカタ……。


 相変わらず、部屋に響き渡るキーボードの音。


 サクラは、ソファーに寝そべり、アイス(ガリガリ君)を食べながら、九門に声をかけた。

「まだやっとん?」


 九門は、キーボードを叩きながら答えた。

「うん」


 カタカタカタカタ……。


「そんなに楽しいん?」

「うん、書くのは楽しいよ、けど……」

「けど?」


 カタ……。


「全然読まれてないんだよな」


 サクラは棒だけになったアイスを口から外し、立ち上がった。

「そんな読まれるわけないがぁ。大地くん、有名人でもないのに」


 九門は両手をアタマの後ろに組んだ。

「まあ、そうだよな……」


 サクラはアイスの棒をゴミ箱に捨てた。

「知らん人の日記、読む人おらんじゃろ」


 九門は背もたれをグイっと倒した。

「まあ、そうだよな……」


 九門は「ブログを書いている」としかサクラには言っていなかった。ブログの名前は伝えていないし、そこでラノベを更新していることもサクラは知らない。ブログといえば、芸能人のものに代表される「日記」のイメージ。サクラは九門が日記を毎日つけていると思っていた。そして、一般人の日記を読む人など多くはないと思っていた。


「大地くんのよりよっぽど店長のブログの方が人気じゃろ。店長、面白いし」

「まあ、そうだよな……」


 ちょっとムカついたが、九門はサラッと流した。自分が一心不乱にキーボードを叩いているとき、少々サクラが不機嫌気味だったのを知っていたから。むしろ、ここでちょっとイヤミを言われて「これでイーブン」と納得していた。



 さらに1か月が過ぎ、8月になった。


 編集部で働く九門は、イベント取材などの兼ね合いで、いわゆる「お盆」に夏季休暇を取ることはこれまでほとんどなかったが、今年は奇跡的にスケジュールが空いていた。サクラと休みの予定が合致した。


 九門はなんとなくサクラに聞いた。

「夏休み、どっか行くか」


「うん! じゃあ、ええーーっと、温泉!」

「温泉? 夏に?」

「べつにええじゃろ」

「まあ、べつにいいけど」


 迎えた8月中旬、

 九門とサクラは久しぶりに旅行に出かけた。クルマで2時間ほどの場所の温泉地。


 九門は、PCを持っていかなかった。


 サクラはなんとなく九門に聞いた。

「PCは、いらんの?」


「うん、温泉だしさ。なんか仕事っぽいもの持っていきたくないし」

「うん、そっか」


 実は、これはサクラの作戦だった。PCを持っていく雰囲気にならないように、サクラは温泉を希望したのだ。九門はその意図には気づいていなかったようだが、はたして狙い通りになったというわけだ。


 スマホは手元にあったが、ブログの更新はPCという(自分で決めた)謎のルールがあるので更新しなかった。


 3泊4日の旅行、ブログのことが気になったのは、初日だけだった。そして、この旅行の間あまりにもサクラが楽しそうにしていて、なんだか申し訳ない気分になってきた。


 あのサクラの笑顔は、つまり「最近しばらく楽しくなかった」からだ。

 自分がずっとサクラをそっちのけでキーボードを叩いていたからだ。

 毎日更新してきたのに、ブログ読者はまだ1日あたり100人弱。

 「異世界バスケ」の内容には自信があったのに、まだ100人弱。

 こんなもんか。


 一方、サクラはすごく楽しそう。


 たいして興味を持たれていないブログ、自分に笑顔を向け続けるサクラ。

 

 ブログを開始して4か月、そもそも無風状態のブログだったが、いよいよここで完全に風が止んだ。


 九門は、ついに飽きた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る