第05話 彼女が来てもラノベを書いた

「いつもナニ書きよん?」


 方言丸出しの女性が、九門に声をかける。


 カタカタカタカタ……。


 その女性の声に九門は反応しない。代わりにノートPCのキーボードの音が小気味よく鳴り響いている。


 ここは、ひとり暮らしの九門の自宅。あの日、ブログを開始して以降、九門はここでキーボードを叩く時間が増えた。圧倒的に増えた。いつも執筆はスマホではなくPCのキーボードだった。


―― フリック入力で本気の文章は書けない


 九門にはヘンなこだわりがあった。そこに特に理由はないのだが、ともあれキーボード。


「ナニ書きよん?」


 九門大地の交際相手であるその女性は、ほぼ毎週末、九門の部屋に来ていたが、ここ最近の九門は彼女をそっちのけで1時間以上キーボードを叩くこともあった。


 彼女は九門と自分の会話が少なくなっていることに少し腹を立てているようでもあったが、PCに向かう九門の顔が(時折ニヤけつつ)真剣そのものだったため、ヘンな言い方をするとキレられると思い、「何を書いているの?」とマイルドに問うた。


「ブログ、最近始めた」

 キーボードを叩きながら、九門は答えた。


「ふーん」

 彼女は、スマホを弄り始めた。


 彼女の名は、サクラという。九門と同い年の普通の会社員。


 九門とは大学時代からの知り合いで、1年と3か月前から交際が続いている。キッカケは九門のひと目惚れだった。学生時代から何年もかかって、やっと捕まえた彼女だった。その後、特に大きな喧嘩もなく、仲は良好である。九門が正社員となったことで、(それほど余裕があるわけではないが)生活が安定してきたことも、その良好な関係の理由の一つかもしれない。


 サクラは岡山県出身。名古屋の大学に進学してから少し方言は矯正されたのだが、九門とふたりの時は、なぜかいつも混じりっ気のない岡山弁だった(たまに九門は聞き取れないことがある)。


 サクラが呼ぶ。

「大地くん」


 九門は視線をPCの画面に向けたまま、返事をする。

「なに?」


 カタカタカタカタカタ……。


 再びサクラが呼ぶ。

「大地くん」


 九門は同じ体勢のまま、背中越しに返答する。

「だから、なに?」


 カタカタカタカタカタ……。


 サクラの声が少し大きくなる。

「話しかけよんじゃけん、こっち向いてよ」


 カタ……。


「なんだよ」

 九門は振り返った。


「どんなブログなん?」

 サクラは笑顔で聞いてみた。


「なんでもいーじゃん」

 九門は再びPCのほうを向いた。


 カタカタカタカタ……。


「もう……」 

 サクラは怒った。


 ひょんなキッカケで始まり、あっさりとタイトルがつき、サクッとラノベのテーマも決まったこのブログに、どうやら九門はすっかりのめり込んでしまったらしい。あんなに苦労してやっと捕まえた大事な彼女が来ているこの部屋で、しかしいまは会話の声ではなく、キーボードの音がずっと鳴り響いている。


 カタカタカタカタ……。


 ブログを立ち上げたあの日から、間もなく1か月が経とうとしていた。

 

 この時点では、まだ無風。


 ひとりのサラリーマンがただブログを更新し続けているだけだった。



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