第03話 ラノベを書くことにした

 26歳の春、

 編集者・九門大地はブログを立ち上げた。


 ブログ名は「雲の筆」。


 自分の苗字が九門(クモン)だから「雲」。モノを書くから「筆」。それをただ足しただけ。なんともあっさり、わずか3分ほどで決まった。

 

 ブログ上では本名を出さないことにした。「クモン」なんて珍しい苗字、一発でつきとめられてしまう。さらに顔写真なんて、もってのほか。


 ペンネームは「クモン」をちょっとモジッて(五十音表のクとモをそれぞれ1文字遡って)「キメン」、ということで「鬼面ライター」。


 うん、これでいいや。

 仮面ライダーぽくて悪くないんじゃないか。

 って、自分の職業は編集者であってライターじゃないんだけど。


 はたして、骨格は固まった。サラリーマンの九門が毎日ラノベを書くのはさすがに難しいため、普段は日記のようなものを書きつつ、定期的にラノベを更新していくというスタイル。そのラノベがこのブログの核である。いわゆる「キラー・コンテンツ」。


 ラノベなんて書いたことないけど、なんとなくのノウハウはあるさ。

 これまでの編集者のキャリアだって活かせるはずだし。

 文章は苦手じゃないんだ。小学生の時、先生に「読書感想文の天才」っていわれたし。


 仮にこのラノベが支持を得たとして、そこからチラッと普段の日記も読んでもらえたら、いずれ自分自身に興味を持つ読者が現れるかもしれない。そうすれば、評論家みたいなこともできるかもしれない。


 九門は「評論家みたいなこと」に興味を持っていた。


 昨今、サッカー日本代表戦やM-1グランプリなどの日は、SNS上に評論家があふれかえる。たいがいは「オレ的にはこうじゃない」のような批判的な意見で、そういう類の発言はあまり好きじゃなかったが、しかし「俺はこう思うんだよねえ」みたいなことを言うのは、わりと好きだった。


 それは自分が働く雑誌編集部ではできないことだった。


 九門は上司や先輩から「お前の主観なんて要らねえ」と言われて育ってきた。九門が活動する雑誌媒体に求められるのは、ニュートラルな視点からの客観的文章だった。


「美味いだとか面白いだとかの感想は書くな」

「料理紹介なら、素材の産地や調理の特徴を書け。お前の『美味い』に価値はない」

「商品の魅力を伝えるならスペックや開発者の声を詳しく書け。お前の『面白い』に価値はない」


 本当は、美味い、面白い、と書きたいときが何度もあった。自分を抑えて仕事に徹してきた。だが個人ブログならやれる。美味いと書ける。面白いと書ける。「評論家みたいなこと」が存分にやれる。


 とりわけ、自分が好きなスポーツでそれをやってみたい(そういえば蕎麦屋の店長もスポーツが好きだから、仲良くなったのだった)。


 雑誌編集者の九門は、ブログの成長ストーリーを具体的に描き始める。ユーザーとの接触の入口にラノベを置き、一定の認知を取る。そして、最終的に自分自身をコンテンツ化することができればその時は……、と。


 媒体の骨組みを考えるのは大好きだ。夢(というか妄想というか)は膨らみ始めた。これは面白い趣味になりそうだ。そう、サイコーの「ちょっとした趣味」だ。


 ということで、あとはラノベである。

 

 このブログのキラーコンテンツとなる(予定の)、ラノベのテーマを考えねばならない。これがキモなのだから。


 あれでもない、これでもない、と1週間悩み……、とはならなかった。これもまたアッサリと思いついてしまったのだ。やはり編集者だからか、昨今のネット上のユーザーの動きを考えると、すぐにアイデアが沸いたのである。


 そして、ブログを立ち上げて13日目、九門はラノベの第1話を発信する。その日のブログの記事タイトルはこうだった。


「異世界バスケ 第1話」


 このよく分からないタイトルのラノベが、未来に史上空前のムーブメントを起こすことになるとは、この時点では誰も知る由もなかった。


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