第02話 ブログを始めることにした

「お前、ブログでも書いてみろよ」

 

 九門の行きつけ、名古屋のとある蕎麦屋。


 いつものようにカウンター席に座った九門は、豪快にビールを呑みほすと「何かやりたいんだよね」と言いつつ、空のジョッキを店主に差し出し、おかわりを催促した。


 「ほらよ」と新たなジョッキを差し出した店主が勧めたのは、ブログだった。


「俺もやってるけどさ、写真載せたり、コメント入れ合ったり、これがなかなか楽しいのよ。意外と集客にも役に立っててさ。九門、面白れえし文章もメチャクチャ上手いじゃん、ケッコー上手くいくと思うんだよなあ」


 九門より10歳上、36歳の店長。一般的な蕎麦屋の店主のイメージから考えると少し若いかもしれない。人柄はひと言でいえば「豪快」。小太りに角刈りがトレードマークで見た目は少々怖い系だが、実は涙もろい面もあり、兄貴肌でなんだかカッコいい。彼は九門を弟のようにかわいがっていた。


 九門もまた、彼が大好きだった。出会ったときは取材先の店主だったが、いまは友人であり、よき先輩となっている。


 店長がブログをやっているのは知っていた。九門もたまに読んでいた。店長のブログには自分が出てくることもあり、それがヘンに嬉しかったりもした。


 ブログか、確かに自分も好きかもしれない。

 ちょっとした趣味にもなりそうだ。


 まさに「ひょんなキッカケ」だった。

 

 物語はある日突然始まるもの。壮大なプロローグも大いなる伏線も何もない。この他愛のない会話から九門大地の人生は変わるのである。


「うん、面白いかもしれない。やってみるよ」


 少し前から「何かやりたい」と思っていた九門は、あっさりとこの話に興味を持った。因みに、九門は10歳も年上の店長にタメ口だった。仲良くなると九門はすぐにこうなるヘキがあった。でもそれでモメたことはなぜか一度もなかった。


 帰り道、「やってみるよ」と言ってはみたものの、同時にこうも思った。


 ブログって、なんかちょっと古くないか?

 twitterでもインスタでもなく、いま「ブログ」って。

 小説やイラストの投稿サイトなんてのもある時代に。

 ていうか、何を書くんだ?


 はたして、とりあえずやってみようとは思ったものの、何を書くか迷うことに。


 店長のように飲食店を経営しているわけではない。自分はどこにでもいる普通のサラリーマン。確かに文章はちょびっと書けるのかもしれないが、ネタがないことにはどうしようもない。やっぱり今どきブログって…、と7回くらい思った。


 でも、兄のように慕う店長に勧められ、やると言ったいま、やっぱりデキマヘンとはもう言えない。

 

 店長、ゴツイし。

 怒るとちょっと怖いし。


 帰宅後、ノートPCを広げた。とりあえず成功例を真似てみるか、とランキング上位のブログを眺めみた。しかし、どうにもピンとこない。というか「一般人が書く人気のブログ」自体が少ない。人気なのは、芸能人の日記と「5ちゃんねる」のまとめばかり。


 自分は芸能人じゃない。

 5ちゃんは好きだし、まとめも好きだけど、スレをパトロールして日々抜粋・編集するような時間も根性もない。

 ていうか編集という活動はいつも仕事でやっている。

 今回は新しいことをやってみたいんだ。

 自分は文章を書くのが好きなんだから、やっぱり自分で書いてみたい。

 まとめの作業は偉大だし、実際自分の暇つぶしのお世話にもなっているが、いまやりたいのはちょっと違う。

 書くとあらば、やっぱり小説投稿サイトとかの方がいいかも。


 店長にグーパンの一発でももらう覚悟で、ブログはやっぱりデキマヘンと言いに行くか、と思ったその時、


「待てよ」


 九門はひらめいた。


 じゃあ、ブログで小説を書くってのはどうだ?

 それだ、それ、小説。

 そう、いまなら、ラノベだ。


 26歳の春だった。

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