誕生
第01話 3年前、何かを始めたかった
物語は、3年前にさかのぼる。
九門大地が出版社に入り5年目の春、このとき26歳。
「九門ーー、ちょっといいか?」
「うーーーっす!」
「このページ、頼むよ。ちょっと緊急で入れなきゃいけなくてさ」
「え? いまから……!?」
「あ~、時間ないのは分かってるけどさ」
「いやいや、厳しいっすよ、これ」
「そうだけどさ、でもイケるだろ、お前の馬力なら」
「うーーーん……、イケるっす!!」
「オッケー、さすが九門!!」
九門は「イキのいい若手編集者」のようなポジションで、充実した日々を過ごしていた。仕事が楽しくてしょうがなかった。
九門がいたのは愛知県名古屋市の雑誌編集部。
九門が務める出版社は業界では大手と呼ばれる部類で、本社はもちろんというか東京にあるのだが、名古屋の大学を出た九門はアルバイトとしてこの名古屋の編集オフィスに入り、5年目を迎えていた。
「あ、もしもし、九門でっす。いきなりだけど明日空いてない? そうそう、撮影お願いしたくて。うん、急でゴメン。でもほら、俺の頼みじゃん」
過去4年間の頑張りと実績が評価され、いまは正社員として働いている。自分が担当する連載はずいぶん増えた。雑誌の顔といっていい大型特集もいくつも担当してきている。自分の企画から1冊の新しい本を作ったことだって何度もある。
「えーー? ああ、じゃあ分かった、次の特集のメイン写真発注するから。いやマジで! 信じてよ、俺のこと!」
仕事は楽しい。楽しくてしょうがない。正社員にもなれた。そして、ある程度の報酬も得られている(たぶん同い年のサラリーマン平均よりちょっと多い)。編集部の仲間も、周囲のライターやカメラマン、デザイナーたちも大好きだった。
「え、メシ? 分かった、分かった、奢るから! 焼肉? 牛丼じゃダメ?」
生来の気さくな性格(いまでいう「陽キャ」的な)が奏功したか、取材先や広告主らともすぐに仲良くなり、ネットワークはどんどん拡がっていった(とはいえ、名古屋だが)。仕事の内容も環境も言うことなしである。
「デザイナーの分も? なんで俺が? え? ああーー、ごめん、分かった分かった、奢るから! ホントだって!」
さらに、プライベートもまずまずの状況だった。
将来結婚するんだろうな、とふんわり思う、交際1年3か月の相手がいて、仲も悪くない。週末はいつも一緒にいる。
「じゃあ明日ね、10時にスタジオね! 彼女? 連れて行かねーよ」
そう、間違いなく充実していた。
学生時代の友人には「お前が一番楽しそう」とよく言われる。彼女も活き活きと働く九門のことを楽しそうに見ている(と思う)。
「はーーい、んじゃ、失礼しまーーっす」
だが、しかし九門は、こうも思っていた。
仕事、楽しいんだけどさ。
みんないい人だし、言うことないんだけどさ。
でもなんか、ちょっとつまんねえんだよな。
なんていうか、普通なんだよな、いま。
何か、面白いコトやりてえな。
そんな26歳の九門に、ある日こんな声がかかった。
「お前、ブログでも書いてみろよ」
懇意にしている蕎麦屋の店長からだった。
大人気ラノベ作家の誕生前夜だった。
これから、彼の人生は大きく、大きすぎるほどに、変わることになる。
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