第14話 誤算

次の日…といっても夕刻だが。


みんなとの食事を終えたアライさんはガスマスクのあった部屋にいた。


そこにフェネックが入ってきた。


フェネック「アライさーん、おはよー。始めるんだね」


アライさんは振り返る。フェネックの後ろにはアムトラとミミもいた。


ミミ「オイナリサマは止めないのですか?」


オイナリサマの幻影はだまってうなづいた。


アライさん「心配は無用なのだ、ミミちゃん助手。アライさんはアライさんを信じているのだ。だからアライさんを信じるアライさんをみんな信じるといいと思うのだ」


ミミ「その根拠のない自信はともかく…その言葉を待っていたような気がするですよ。この助手の妨害も乗り越えられないようでは、この先思いやられるですからね。お前をためしたですよ。助手は賢いので」


フェネック「(ほんとかなー)」


ミミ「それに…修復前のエリアの調査にも助手は興味が出てきたですよ。あと、アライグマ、お前がくたばってもオイナリサマは無事帰還させないといけないですからね。それまでは全力でサポートしてやるですよ。ミミちゃんは、助手なので」


アライさん「おぉ、頼りにするのだ!」


一行は入念にガスマスクの使い方をチェックする。


フェネック「ねぇ、ここを留守にして大丈夫かなー。この水辺エリアにアライさんが入るのと入れ替わりにセルリアンが出てきたんだよー。セルリアンに壊されたりしないかなー?」


ミミ「その心配は無用だと思うのです。今まで遭遇してきたセルリアンの習性を見るに、あいつらはフレンズがいない施設には興味を示さないと思いますですよ」




そしていよいよ出発のときを迎えた。


アライさん「アライ隊、しゅっぱーつ、なのだー」


フェネック「はーいよっと」


フェネックの道案内で、一行はジャパリフジへ通じるエリアの境界を目指した。


途中、セルリアンの小集団に何度か襲撃されるも、例によってフェネックがいち早く感知し、敵よりも早くミミが視認し、先手をとってアムトラを主力に粉砕する。


そして、水辺エリアの東端に達した。


アムトラ「ごくり…これがエリアの境界。何か黒い風がうずまいていて、ここからだと中がどうなってるのか全然わからないよ」


ミミ「助手が想像していたよりも境がくっきりしているのです。SS天候制御場の力がこの場所で急激に力を失っているようにも見えるのです」


ミミ「オイナリサマとアライグマの話によれば、内部は悪いながらもそれなりの視界があったようなので、ここで景色が屈折しているのかもしれないですよ」


アライさん「よし…入るのだ」


フェネック「じゃー、マスクをつけようかー」


アムトラ「う、うん」


一行はタライの中に入れてきたマスクとそのフィルターを身につける。


ミミ「お前たちちゃんとつけたですか、助手がチェックするのです」


フェネック「アムトラー、あまり全力で暴れちゃダメだよー。息があがっても、中では外せないからねー」


アムトラ「わかった。気をつけるよ」


ミミ「準備完了ですよ、アライグマ」


アライさん「では行くのだー」


オイナリサマ「みなさん、気をつけて…」


一行は隣のエリアに進入した。


薄暗い荒れた地に濃いホコリまみれの風が吹き荒れている。


アムトラ「すごい…」


ミミ「おお…これは。話に聞くのと実際に目にするとでは大きな隔たりがあるのです。この天才助手も恐怖が隠しきれないですよ」


ミミの頭髪が大きく膨らみ、そのけものプラズムがマスクからはみだしている。


アライさん「フェネック大丈夫なのだ?」


フェネック「うん、ありがとー。全然平気だよー。風の音がすごいけど、この中から変な音を探りあてるくらいわけないよー」


フェネックのけものプラズムの耳がマスクの上でピコッと動き、いつも通りの眠たそうな目がマスクのゴーグルからのぞいている。


アライさん「それにしても何もないのだ。逆に不気味なのだ」


オイナリサマ「身を隠せそうな場所が見つかりませんね」


ミミ「ふむ…ちょっと上から見てみるですよ」


ミミはそう言って飛びあがった。


ミミ「(何か近づいてくるですね)」


アムトラ「セルリアン?飛んでるよ!」


フェネック「やー。飛べるやつもいるのかー」


アライさん「ぐぬぬ…」


上ではすでにミミがセルリアンと戦っている。が、ミミがまもなく片付けた。


ミミ「(また新手が)」


ミミはいったん地上へ戻った。


ミミ「わけない連中ですが、いちいち空中で相手していたら、サンドスターがいくらあっても足りないのです。歩くですよ」


一行は前へ進む。


時折飛行型セルリアンに襲撃を受けるも、その都度ミミを中心に応戦し、なんとか撃破していく。


フェネックの動きが止まった。


フェネック「何か…来るよ」


アライさん「何か地響きがするのだ。地震なのだ?」


ミミ「いや…あれは」


フェネック「足音だねー、それもたくさん」


ミミ「大型セルリアンのようですね…数がいるのです」


アムトラ「よし、ボクがやっつけるよ」


そう言って飛びだそうとするアムトラ。


ミミ「待つのですアムトラ」


アムトラ「えっ」


ミミ「囲まれたら事なのです。少しづつ後退しながらひきつけるのです。あいつらは協調しながら戦うほどの知能を持ちあわせていないので、バラバラに近づいてくるのを一つづつやっつけるですよ。我々は賢いので」


アムトラ「わかった」


アライさん「まかせるのだ」


フェネック「はーいよ」


大型セルリアンの集団は一行に近づくにつれ、その速度の個体差のためお互いの間隔が開いていく。


それを下がりながら小数づつ迎え撃つ。


アムトラの一撃はまるでアライさんたちが小型セルリアンを相手にしているようだ。


アムトラが討ち漏らしたセルリアンをアライさんとフェネックが協力して倒し、時折飛来する飛行型セルリアンをミミが墜とす。


アムトラ「ふーっ」


ミミ「あらかた片付いたようですね」


アライさん「ふっふーん。楽勝なのだ」


フェネック「いやー、危なげないねー。助手もアムトラも頼りになるなぁ」


ミミ「当然なのです。ミミちゃん隊に改名しても一向に構わないのですよ」


アライさん「助手!?」


アムトラ「ふふふっ」


再び前進をはじめる一行。


フェネック「ここらへんだねー、最初に大型セルリアンを見つけたのは。助手、」


ミミ「空に上がって見てみるですよ」


そう言って飛び始めるミミ。


ミミ「(む!?)」


ミミが降りてきた。


アライさん「何か見えたのだ?」


ミミ「見えたですよ。あれは紛れもなく天候制御場なのです」


アムトラ「やったあ」


アライさん「ふおぉ!」


ミミ「余計なものも見えたですよ」


フェネック「巨大セルリアンかー」


ミミがうなづく。


アライさん「えぇー」


アムトラ「どんなやつなの?」


ミミ「あれは、例えるなら鳥 ― 翼竜型セルリアンなのです。制御場を止まり木にしてやがるのです。もうこちらに気づいているですよ」


オイナリサマ「それは大変です…」


フェネック「でも襲ってくる気配は感じないよー」


ミミ「おそらく必殺の距離まで近づいてくるのを待っているのですよ。生意気なのです」


アライさん「ふっ、返り討ちにしてやるのだー」


ミミ「落ち着くですよ、アライグマ。この聡明なる助手の天才的な作戦があるのですよ」


アムトラ「なになに?」


作戦を説明し始めるミミ。


フェネック「言うほど天才的でもないねー」


アムトラ「そのおとり役、ボクがやるよ。一番速くて頑丈だからね」


ミミ「それはダメなのです。お前はアタッカー一択なのです。アライグマが適任なのです」


フェネックは地面をなでながら切り出した。


フェネック「…ねぇ、助手。こういうのはどうかな」


フェネックは地面を掘って、顔を出したところを巨大セルリアンにねらわせ、すぐに穴から退避する案をミミに説明した。


ミミ「ふむ…それも悪くないですね。ただ、奴が行動を始める最初の一回だけにするのです。生き埋めにでもなったら大変なのです。あとはアライグマに任せて周囲の警戒に徹するのです」


フェネック「わかったー」


フェネックは穴を掘り始めた。


フェネック「うっ!」


アライさん「どうしたのだ!フェネック!」


フェネックが途中まで掘った穴から出てきた。

両手にべったりとコールタールのようなものが付いている。


「!!!」


フェネック「ううっ!」


両手から激しくサンドスターの光が漏れだす。


オイナリサマ「大変です!」


アライさん「オイナリサマ、ジャパリまんを出すのだ!」


ミミ「そんなのものでは間にあいません!」


アライさん「違うのだ!ジャパリまんで「ふく」のだ!」


アライさんはオイナリサマの出したジャパリまんでフェネックの手をふき始めた。


フェネック「ダメだよ…アライさん…アライさんにもついちゃうよ…」


アライさん「黙っているのだ…うっ」


ジャパリまんがジュウジュウと音をたてながら溶けている。


それでもそれを何度か繰り返すと、フェネックの両手のなぞの液体は薄くなり、漏れる光も弱くなった。


フェネック「ごめんねー…わたしまた足手まといだ…」


アライさん「つまらないことを言うのはやめるのだ、フェネック!」


フェネック「…やつが…来るよ…」


ミミ「くっ、フェネックを狩れると思ったですね…」


アライさんは叫んだ。


アライさん「何をしているのだ助手!早く始めるのだ!」


ミミ「!わかったですよ!!」


ミミはアムトラを持ち上げて飛び始めた。


アライさんは挑発しながら翼竜型巨大セルリアンに向かっていく。


巨大セルリアンはアライさんを目標に定め、急降下を始める。


足がアライさんを捕えようとするも、それを素早くかわす。


すさまじい地響きと土煙があがる。


アライさん「(必殺だかなんだか知らないがー!狙われてるのがわかっているのに、簡単に捕まったりしないのだー!!)


ミミ「(ほう、やるですね。でも動きがデタラメ過ぎて逆にこっちがセルリアンの動きが読めないのです…)」


アムトラ「(うわぁ~。飛んでる。すごーい。でも…怖いよー!)」


ミミは慎重にセルリアンを観察する。


眼下ではアライさんを追って巨大セルリアンがアライグマを追い回している。


アライさん「(うっ、ちょっと息苦しくなってきたのだ…助手…まだなのだ!?)」


アライさんの動きが緩慢になってきたのを見て取った巨大セルリアンは、これで決めるべく、必殺のダイブのため、ひと際高く飛びあがった。


ミミ「(今なのです!)」


ミミの目に炎が灯り、急降下を始めた。


アムトラ「(うっわあああぁぁぁぁぁ)」


ミミ「アムトラ!!」


アムトラの目にも炎が灯る。


アムトラ「ガルウァァァァァァァーーー!!」


巨大セルリアンの首の後ろを、アムトラのツメが引き裂く。


「ピギャァァァーーーーー!!」


アムトラは振り下ろされないようツメをしっかりと立て、もう一方の腕でえぐり続ける。


巨大セルリアンは突然の死角からの攻撃にどうすることもできず、翼をバタバタとさせて、ピョンピョンと跳ね回ることしかできない。


そしてセルリアンの表面に亀裂が浮かび上がり…


「パッカーン」


巨大セルリアンは粉々に砕け散り、そこにサンドスターが残った。


アライさん「(やった…のだ!)」


その様子を見たミミはすぐにフェネックのもとに飛ぶ。


ミミ「(これは…)」


フェネックの両手がただれており、フェネックはぐったりとしている。


ミミ「(…ここから毒が入ったですね)」


アライさん「フェネックー!!」


アライさんが駆け寄ってくる。


ミミはアライさんに向かって叫ぶ。


ミミ「何をしているのです!こちらに構わず早く設備を直すのです!フェネックが死んでしまうですよ!!」


アライさん「!!わ、わかったのだ!」


アライさんはきびすを返して制御場の廃墟へと向かった。


フェネック「ウッ、ウッ、オェッ」


フェネックがむせはじめた。


ミミ「だ、ダメなのです、フェネック。マスクの中で吐いたら大変なことになるですよ。こらえるのです」


アムトラはどうすることもできずにオロオロしている。


ミミ「(アライグマ、オイナリサマ。まだですか。遅いのです!)」


フェネック「オッ、ウォッ、オッ、オエェーーー!」


ミミ「!!」


ミミ「(ううっ、どうするですかミミ助手…)」


ミミ「(ええい、窒息してしまうよりかはマシなのです。アライグマだってしばらくは持ったのです。マスクを外すですよ!助手は…天才なので!!)」


アムトラ「助手!何を…!?」


ミミはフェネックのマスクを脱がせた。


フェネックの顔は真っ青だ。眠そうな目は精気を失って本当に眠ってしまいそうだ。


フェネック「!!オゲッ、オエッ、オエエエェェェッ!」


アムトラ「フェネック…フェネック!!」


ミミ「(こんなことならアライグマのマスクをはぎ取ってから向かわせればよかったです)」


ミミ「フェネック、お腹の中の物が全部出たら助手のマスクを使うですよ。助手は今のフェネックよりは体力があるはずです」


アムトラ「ボクのを使いなよ!」


ミミ「お前に倒れられたらお前もフェネックもだれが運ぶのですか。空を運んだりしたら毒が回って危険なのです!」


フェネック「オェッ、オエェッ、オエエェー!」


ミミ「(まだですか…オイナリサマ)」


ミミは施設の廃墟のほうに目をやると建物の割れ目から虹色の光が漏れている。


フェネック「ゲッ、ゲッ、ゲホッ!ううっ」


ミミ「(よし…助手のマスクを使うですよ)」


ミミは自分のマスクを脱ぎ始めた。


ミミ「(うぷっ。こ、これは…息を止めるですよ)」


ミミは息を止めながらフェネックにマスクを被せた。


フェネック「ぜぇ、はぁー、はぁー」


ミミ「(ま、まだなのですか…意外と時間がかかるですね…)」


施設に明かりが灯り、うなりをあげ始める。


ミミ「(も、もう限界なのです…目もしばしばしてきたのです…)」


ミミはアムトラに向かってフェネックと制御場を交互に指さした。


アムトラはうなづき、フェネックをやさしく抱え上げた。






(フェネックー、フェネックゥーーー)


フェネック「(アライ…さん…?)」


(死んじゃダメなのだぁー、死んじゃイヤなのだぁー)


フェネック「(アライさん…)」






フェネック「う…」


アムトラ「フェネック…!」


ミミ「目を覚ましたですか……オイナリサマ…」


オイナリサマは顔を手で覆ったまま、黙ってうなずいた。


フェネックはベッドの上に横たわっていた。


耳を何度か動かした後、ゆっくりと言った。


フェネック「……アライさんは…」


ミミ「…やれやれ…いきなりアライグマの心配ですか。お前はそれどころじゃなかったのですよ。アライグマならピンピンしていますですよ。ピーピー泣きわめいてお前の治療の邪魔なので、別の部屋に閉じ込めてあるですよ」


ミミの首にはお守りが下がっている。


フェネック「…そっかー…」


ベッドの周囲に、水を張ったタライと薬の容器が散乱している。


フェネックの両手には丁寧に包帯が巻いてある。


液体の入ったプラスチックの袋が頭上に下がっており、そこから伸びた管がフェネックの腕に続いている。


ミミ「ここにあったものとあわせて、水辺エリアに一飛びしてSSプリンター小屋から医療品をとってきたですよ。巨大セルリアンのサンドスターがあったのでブッ飛ばしたです。助手は賢いので、どれを持ってくるべきかすぐにわかったですよ」


アムトラ「(えっ、オイナリサマの指示じゃ…)」


ミミ「近くに小川も見つけたので、アムトラに水もくんできてもらったですよ」


ミミはそう言って、いくつかのポリタンクに目をやる。


フェネック「助かったよー…心配かけたねー。ありがとー、みんな…アライさんを出してあげて…」


ミミ「……わかったですよ。アムトラ、ここを頼むですよ」


アムトラ「わかった」


ミミは部屋を後にした。首にはお守りが下がっている。


ミミ「アライグマ」


アライさん「ふぁ!?フェネック!フェネックは大丈夫なのだ!?」


オイナリサマ「アライさん、フェネックは本調子ではありません。ちゃんと静かにできると約束できますか?」


アライさん「わかったのだ…約束するのだ…ここから出して欲しいのだ」


ミミ「飛びついたりしたらダメですよ」


ミミはため息交じりに引き戸のつっかえ棒を外した。


ミミはアライグマを連れて戻ってきた。


アライさん「…フェネック……!」


アライさんの目から大粒の涙がボロボロとこぼれている。


フェネック「…やー、アライさーん。アライさんの声、聞こえてたよー…」


アライさんは唇をかみしめる。


アライさん「…助手、アムトラ、フェネックを助けてくれてありがとうなのだ…」


アムトラは黙ってうなづく。


ミミ「…ふわぁ。さて、疲れたからひと眠りするですよ。天才助手の頭がアライグマになったら一大事なのです。お前らもとっとと寝るですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る