透明

「おはようございます、はじめまして。なに?とは私のことですか?私、ええっと..。ああ、そうですね。ならば魔法使いとでも名乗りましょうか。

こんな格好の魔法使いが居るはずがないって?はっ時代ですよ。

とんがり帽子にマントを羽織ったアレを想像してご覧なさい。

ハロウィーンの日はいいでしょうね、周りに溶け込める。でも後の364日、私はどうやって生活をすればいいんですか?あんな格好で。

目立って仕方ない!

近頃、めっきり通報の敷居も下がってるんです、私は魔法使いだ!などと意味不明な供述をする30代近くのこちらの世界では無職の男。

誰が私の言うことなんか聞いてくれるのでしょうか?

つまりそう言う事ですよ。

郷に入れば郷に従えってね。このスーツと呼ばれる服でなければ、そもそも貴女は足も止めなかった。違います?ああ、困らないで下さい。

それでですね、本題に入りますがよろしいですか?

ほら、逃げない逃げない、新興宗教やセールスの類でもないのでね。怪しくないですから。

勿論、スカウトでもない。貴女、その顔でご自身の顔に自信があるわけでもないでしょう。

やっと顔をあげてくださいましたね。

これからするのは、提案です。

貴女に残された時間は、私との契約が済んでから24時間です。

その24時間、どんな事でも出来るとしたら貴女は私と契約をしますか?

ああ、説明が不明瞭ですね。

つまり貴女は24時間後に死ぬ。

分かっていた事でしょう、それが明日というだけです。

その前に最高の1日をプレゼントするのが私の仕事なのです。

契約しなければ、死なずに済むとかいう話ではないですよ。

残された時間を、好きに生きるか、ここで怯えて逝くか。

まあ、悩むまでもないと思いますよ。

あれ?大体の方はここで泣いたり戸惑ったりするのですけど、なぜ笑うのです?

はい、ええ、まあ。

確かにそうですね、大抵の事なら叶えれます。

他人を殺したいとかそう言うもので無いのだとしたら大抵は。

あ、ご契約なさいますか。

こんなにあっさりと決まる事も珍しいのでね、助かりますよ。

はい、ではこちらの契約書に名前を書いていただけますか?

あ、ちなみに他人の名前を書いても駄目ですからね。よくいらっしゃるんですよ。

それでは契約書がある意味がない、貴女様との契約ですから。

よく読んでくださいね、隠しもしませんが、対価は貴女の死後の魂。御社が頂戴します。

その後は御社にて、貴女様に合った業務に従事していただきます。

死んでからも働くのか?ええ、まあ、私もそうやって雇われている身ですから先輩として言うとしたなら、悪くはないですよ。

自由は有りませんが、死んだら無ではなくそれでも絵画の一枚を楽しむ余裕は有りますから。

ただし、生前少しでも関わりがあった人間とは会えません。

そこはね、まあ仕方のない事でしょう。

はい、確かに。

それでは 中村 幸 様。

これからの24時間なんなりとお申し付け下さい。

まずはどうします?とりあえずその、ボロ雑巾のような服を綺麗なものに変えて差し上げましょうか?

睨まない睨まない。ただ、その服はあまりにひどい。

どんな物にします?

女性の憧れのあのブランドの服でも出しましょうか?

え?ほう、貴女がそれでいいのでしたら何も申しませんが...。

分かりましたよ、では今きてらっしゃる服を新品にするだけでいいのですね?

はい、あまりセンスがいいとは思いませんが。

いえいえ、お礼を言われるほどの事はしてませんよ。

次はどうしましょう、ああ、そうですね。

分かりました。貴女の中にある、異常。すなわち病気と呼ばれるものを全て取っ払う。

まあ、賢明でしょうね。

何をするにも健康である事が楽しむ条件なのですから。

なにか、変化を感じますか?

....は?走り出す事はないでしょう、ああそうか。貴女は走った事がなかったんでしたっけ?

どうです?

ははっいい顔してますよ、これが夢だったんですか。

良かったですね、いま私も自己肯定感が少し上がりました。

ええ、今日一日は何をしても疲れにくいとは思いますよ。

次々行きましょう。どこか行きたい所は無いですか?皆さん大抵、誰かに会いに行くか、見たかった物を見に行きますね。

貴女にはそう言う場所は無いですか?

私に願えば、それはもう瞬間でそこに行けますから。

それで良いんですか?

いや、あまりに平凡で。貴女に期待をし過ぎていたようです。

恋人のところ、ですね。

分かりましたよ。ならば、その服...はい、いえ、分かりました。

はい、ここであっていますよね。

恋人の家の前。

大丈夫ですよ、彼には私の姿は見えませんから。

....エッチ!って、ああそういう....。

分かりました。ならば、きっかり23時間後、ここに迎えに来ます。

シンデレラみたいって、まだ笑えるのですね。

ほら、早く行った行った」


ため息を吐く。

どう取り繕っても、やはり嫌な仕事である事には変わりない。

彼女は後23時間で死ぬ。

そして、馬車馬の如く働く余生..余死か。そんな物を味わう事になる。

生ある世界に降り立てても、俺には、俺の最愛に会う事はもう望めないのだ。

彼女の笑顔を思い出す、そういえば先ほどの幸と少し似ていたな。

俺の分からぬところで、カラカラと笑うのだ。

顔はとうに忘れてしまった。

香りも、覚えている情報をかき集め 彼女がいたという事実だけが残っている。

涙が込み上げてくるなんて事はもう無くなってしまった。

泣き虫ね、と笑う彼女の声がまだ頭の中で再生されるという事に安堵を覚える。

もう、泣かなくなったんだよ。

俺は随分変わったんだ、君が好きだった俺はもういないかもしれないな。

さて、時間を送ってしまおう。

このまま考えていたら きっと俺は耐えれなくなるから。


「ああ、ごめんなさい。ボーッとしていました。時間を守ったのですね。

すごいな..。いえ、こちらの話です。

まだ願いはありますか?もう一つ二つ叶える時間の余裕はありますよ。

え?いや、それは...。...はははっははは。

考えましたね。やるだけやってみましょうか。

...受理されましたね。まさか、ははっ。

長年、貴女が想像するよりずっと長いことこの仕事をしていますが、その願いは初めてです。

まさか、新しい名前を頂戴!戸籍上、新しい人にして!なんて、よく思いつきましたね。

これなら貴女との契約は成立しない、というか今日死ぬはずだった人は居なくなってしまいますね。

ありなのかよ、あ、失礼。

かけた魔法はもう消せないですからね。そのまま健康な身体とセンスの悪い服だけ差し上げます。

一つだけ私の話をしても良いでしょうか?

今日の収穫は0、つまり後少しで始末書を書かなければならないのです。

その前に愚痴の一つくらい聞いてくださいよ。

ああ、タバコ一本頂けますか?

俺には、昔、すごく好きだった女性がいたんです。

その人に貴女が少し似ていてね。

なんだか懐かしくなってしまいましたよ。

どこが似ているか?ですか、笑いのツボがおかしいところと、後はその笑った顔が妙に勝気なんですよね。

会えはしないでしょう、でもじゃあ一つだけ俺の願いも叶えてくれませんか?

彼女に会うことがあったら、俺はもう泣き虫じゃないと伝えてくれませんか?

ああ、多分こういえば伝わりますから。

名前?覚えてませんよ。

でも、貴女みたいに変わった人もそういないからきっと伝わると思うんです。

それでは、素晴らしい余生を!

さようなら」


ニヤニヤとした笑いが止まらない。

してやられた、その事が楽しくて仕方ないのだ。

これから数刻後の怒声を頭から追い出して、俺は彼女の面影をくすぐった。

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