家
四畳半、誰もいない部屋。床の色は何色だったか?
そこら中にただ落ちているゴミを退けて確認する気力もない。
踏むのも蹴るのも面倒で、そこだけトリミングしたら清潔なんじゃ無いかと錯覚してしまう布団に甘え始めて早、8時間。
人類が産んだ最大の発明は寝具だと思う。
何故こんなにも俺の身体を優しく包み込んでくれるのだろう。
笑えるほど駄目で情け無い中年を抱き締めてくれるのなんてお前くらいだよ。
キスのひとつ、2つや3つ、したって足りないくらいに愛している。
逆に人類が産んだ最低な発明はスマートフォンだと思う。
どこに居たって誰かと繋がれる。任意なんて生ぬるい半強制的に。
手離したいと願う程に、手はその長方形を掴み、目は他の物など映らなくなる程にそれに釘付けになる。
ネットなんて更に悪でしか無い。人生全てを賭けたって全てを把握するなんて出来ないほどに無限に広がっているのだから。
暇を飼い殺している俺にとって、こんなに都合のいいおもちゃは他には無い。
飽きたら別の物、別の物へと住み替えれば、いつまでも新鮮な気持ちで糞みたいな現実から言葉の通り逃避出来る。
今の避難所は、チャットサイト。
適当にネットサーフィンをしている時に見つけた、優良物件だ。
どんな時間帯にも誰かが居て、気が合えば会話をし、合わなければ好き勝手に言葉を吐き捨てる。
自分を名付けた瞬間に、そこに一人の人が生まれ 存在する事を許容される。
曖昧に同じ時間を顔も素性も知らない人と共有するというオプション付きのこちらの物件は何と家賃0円。
毎日、18時きっかりに 帰宅 する、俺の産んだ愛娘のぷりんちゃん。
普通のOLで、彼氏募集中。元気いっぱいの24歳。
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ーぷりんさんが入室しました
ぷりん ただいま!つかれたーw
消しゴム 暇だな〜
けんじ ぷりんちゃん、おかえり
ぽち お腹すいた.....
消しゴム オススメの漫画ない?
ぷりん けんじくん 乙あり!暑いねー!w
名無し 消しゴムはスラムダンクでも読んどけ
炭酸水 死ね死ね死ね死ね死ね
芳一 俺誕生日なんだけど、祝って
王子 俺の彼女可愛すぎるwwww お前ら彼女もいない負け組wwww
けんじ 暑い😵💦ビール呑みたい。ぷりんちゃんは今夜は飲まないの?
百合子 芳一何歳になるの?
ねこ うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
消しゴム 諦めたらそこで試合終了なんだよな
ぽち お寿司食べたい......
芳一 99歳
炭酸水 王子 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ぷりん 今、ほろ酔い飲みながらチャットしてる♡ちょっと酔って来ちゃったw
ぷりん お寿司いいね!うちも食べたいーw
百合子 芳一笑 おじいちゃんだ笑
名無し にわか乙。スラムダンク面白いからな。
ぽち ぷりん 食べよ
王子 お前ら悔しすぎて、何も言えねえんだろwww 巨乳美人の彼女が隣にいる俺勝ち組wwww
けんじ ぷりんお酒弱いんだw かわいい❤️
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まあ実際は、焼酎が好きなんだけどな。
手が震えた。恐怖や緊張ではなく、物理的に。
けんじさんからメッセージが届きました。
俺がインすると必ずLINEも飛ばしてくるんだよな、けんじ。
出来心で交換したんだが、こんなにやり取りが続くとは。
何をやってるんだろう。俺....。
寂しい男に、ボランティア?
ーーーーーーーーーーーーー
ぷりんちゃんお疲れ様。
一回通話しようよ。ぷりんちゃんの声聞いてみたい😃
えー//
恥ずかしいよー//
良いじゃん、話そう!
5分でいいから!
うーん、考えとくね♡
けんじくんは今日はお仕事だったの?
ぷりんちゃんのそういうウブなところまじ可愛い😍❤️
仕事だったよ、クッタクタ(笑
お疲れ様♡
大変だったねーw 今日はゆっくり休んで!
それ、声で言ってよ❤️
疲れなんか全部ふっとんじゃう(笑
俺、ぷりんちゃんに惚れてるからさ
えーw
けんじくんそれ誰にでも言ってるでしょうw
騙されないよ!
このチャットで連絡先を交換したのはぷりんちゃんだけだよ😵
結構マジだから、俺(笑
もー ドキドキしちゃった♡w
好きじゃなかったら毎日ライン送らないっしょ
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ドクン。
些かの衝撃。好きになってくれたのか。
俺の作り出した虚像を。
男だとバラしてしまえ。それでおしまい。
けんじが余りに哀れで悲しく見えてしまった。こんな事したって時間の無駄だ。
俺の方はまた新しい人間を作ればいい。ぷりんを殺す事になるのが惜しいが仕方ない。
埃っぽい空気を吸い込む。カーテンから漏れる街灯の光で薄暗く、妙に神秘的に見えるペットボトルに手を伸ばす。
思えばもう数日も声を出していない。
「あー.....んん...あーーー」
掠れた、弱々しい野太い声しか出ない。
鳥の鳴くように、鈴のなるように、そんな声が出たらどれだけ良かっただろうか。
ぷりんなんてこの世に居ないんだ。すまない。
ーーーーーーーーー
じゃあ、通話しよっか♡
いいの?
うん!かけるね!
待って(笑
心の準備が.....
いいからw
ーーーーーーーーー
発信ボタンに指を置く。
呼び出し音の後に、緊張したような、低めの男の声が聞こえてきた。
「はじめまして、けんじです。ぷりんちゃん?」
「もしもし、ぷりんです」
「.....え......」
「騙していて済まない。男だ」
「.....マジ?」
「マジだ、すまん」
「.......」
「怒るのも無理はないよな、罵るなり晒すなりしてくれていいよ」
「....っハハハハハ..マジか...ハハハハハ...」
「本当に申し訳ない」
「いやいや、大丈夫。ハハハ。え?なんでこんな事してんの」
「暇だったんだよ」
「なるほどね。アハハ、いや、ハハハハ。怒らないし、晒さないよ」
「いや、俺はお前を騙して弄んだんだ、好きにしてくれていいさ」
「騙された俺も悪いんだからいいよ、はは。本当はいくつなの?」
「36歳、ちなみにニートだ」
「すげえサバ読んでたな、ハハハ。俺も嘘ついてたんだ。本当は19歳。仕事なんかしてねえし酒も飲めねえ」
「28だって言ってたじゃないか」
「ぷりんが24って言うから、咄嗟にね。はは。ネットってこういう事があるから面白いんだよな」
「悪かったな、次は騙されるなよ」
「おう!今日まで楽しかったよ、ありがとう。ぷりんちゃんも、こんなしょーもない事辞めろよ?」
「ああ、わかった」
「次のハンネが決まったらラインしてよ」
「え?」
「チャットで新しく絡もうぜ。ネカマは勘弁だけど、友達くらいにはなれるだろう」
「はは、それは面白いな。考えとくよ」
「うん、考えてよ。それじゃあまたね」
「ああ、仕事お疲れ様」
「だから違うって、ハハハ。切るよ」
「ああ」
何て気持ちのいい奴なんだろう。
口角が上がるのを抑えられない。
部屋の電気をつけると、眼に映るのはいつもと変わらぬ荒れ果てた四畳半。
30センチ先に白いなんて事ないスーパーの袋。
あの袋にゴミを詰めて行けば少なくとも布団からは出れるな。
手を延ばそうとして、ペットボトルを倒す。
ああ、クソ。
こうなったら掃除でもするか。
俺は9時間ぶりに立ち上がった。
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