小休憩

これはね、私がまだ若かった頃の話なんだよ。

舞台の1週間前 どうしても納得できないシーンがあって遅くまでカラオケボックスで読み合わせをしてたんだ。

深夜4時頃かな、流石に眠気に勝てなくなってきて眼を覚ますためにコンビニに行く事にしたんだよ、一人で。

カラオケボックスから歩いて100メートルくらいのところにあるコンビニ。

昔から、歩く時はちょっと難聴になるくらいの音量で音楽を聴く癖があって、その日も確か大きな音でJAZZを聞いていたんだよね。

真っ暗な街にjazzたまらないよ。あの瞬間まではね。


横断歩道に差し掛かった時に、人影が見えたんだ。私よりずいぶん小さな。

こんな時間に子供?いや、小柄な女性?

色々考えながら 通りすがろうとしたんだよ。

隣を通り抜けてもう少し歩いたらコンビニだったから。通り抜けた時

急にね、着ていた羽織ものをグッと引っ張られたの。流石にイヤフォンを外して振り向く。

さっきの人影が、実体を持って私の裾を引っ張ってるんだよ。ひどく青白い顔した小さな男の子。

「どうしたの?」

そりゃ聞くよね。

男の子は黙りこくってて、下を向いてて、でも裾だけは離してくれない。

よく見たらその子、まだ肌寒い時期なのに半袖、短パンなの。

「寒くはない?お母さんは?」

やっぱり無言。

困ったなぁ、人待たせてるんだよなぁ。

そんな事しか頭に浮かばなくて、とりあえず男の子の手を掴んで 身の自由を確保しようとしたんだ。

触ってビックリしたね。体温がないの。暑いとか冷たいじゃなくて、体温がない。不気味だったね。そこらの草を触るのと変わらない。

ギョッとして 手を離す。

するとね、男の子が 小さな声で言うんだよ。

「お前か?お前か?お前か?お前か?お前か?お前か?お前か?お前か?お前か?お前か.....」

なんの感情もない声で壊れたラジオみたい何度も何度も。

羽織ものを脱いで一目散に逃げたね。

全身に鳥肌が立ってたのを今でも忘れないよ。


やっとコンビニに着いた時に、店員さん私の顔を見て言うんだよ。

「何か見ましたか?」って

声も震えて、辿々しい言葉でさっき起きたことを話した。

伝わらないはずの拙さなのに店員さんはボソッと

「またか」って

どうやら、たまに私みたいな人が駆け込んでくるんだって。

事故や事件があったって話はないのに、何故だかそんな事があるんだって。


今でもたまに思い出して怖くなるんだよ。

ああ、あれはなんだったんだろうって。

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