2-1 宿命の姫

 レイリアは祖母ユリアナと向かい合わせに馬車に乗っている。

ユリアナは言った。

「レイリア、よくお聞きなさい。貴女はこれからサバトスを倒す準備を始めなければなりません。まずは魔力をもっと高め、自在に操れる訓練、そしてそれと並行し、剣の腕を磨くのです。サバトスは多くの魔物を召喚する呪術を使います。中には魔力が通用しない相手も現れるかもしれないからです。そして、貴女ははいずれサバトスを倒す為に旅立つ事になります。時には野宿をしなければならない場面もあるでしょう。外にはどのような危険が待ち構えているか分かりませんが貴女はこの先、全て一人で解決しなければならないのです。その為には心身共に鍛えなければなりません。」


レイリアは黙って聞いている。何故なら口を開けば自分の考えとは真逆の言葉が口をついて出てしまうからだ。でも、大丈夫。お婆さまならきっと私の本当の気持ちを分かって下さっている。レイリアはそう信じていた。


 馬車はどこまでも深い森の中を進む。

「レイリア、そろそろ私の屋敷に到着しますよ。」

ユリアナは馬車から窓の外を眺めて言ったが、どこにも屋敷は見えない。

ただ、多くの木々が生い茂っているだけである。


「何よ、屋敷なんかどこにも見えないじゃない。」

レイリアはユリアナを睨み付けながら不平を言った。


「フフ・・・。レイリアにはそう見えるのね。」

その時、眼前に1本の大木が現れた。馬車はそのまま真っすぐ突き進んでいく。


「ちょっ、ちょっと!何やってるのよ!ぶつかるじゃないの!」

レイリアは慌てた。

それでも馬車は速度を落とさない。

ぶつかる!!

レイリアは目をギュっと瞑った、その時—空間がグニャリと歪んだ気配を感じた。

恐る恐る目を開けると、いつの間にか馬車は門を潜り抜け、走り続けている。

やがて大きな館が見えて来た。


「あれが今私が住んでいる屋敷よ。」

ユリアナは目を細めて言った。


「何でいきなり屋敷が現れたのよ?!教えなさい!」


「ふう・・・いくら呪いのせいとは言え、随分乱暴な口調で話すようになってしまった事。こんな調子では使用人達とうまくやっていくのは難しそうねえ。私はレイリアの心の声がちゃんと分かっているけど、他の人々には伝わらないし・・。」

ユリアナは困ったようにレイリアを見つめながら言った。


「何よ、そんな事分かり切った上で私をここに連れて来たんでしょう?今更無責任な事言われても困るわ」

口では憎々し気に話すが、レイリアは心の中で必死にユリアナに謝罪していた。


「レイリア、馬車から降りる前にこれを着なさい。」

ユリアナはフード付きのロングコートを渡した。

「貴女もよく知っているでしょうけど、この国では黒髪は恐れられていますからね。これを着て髪の毛を隠すのです。」


レイリアは大人しく従う事にした。ロングゴートを身に付け、フードを被るとレイリアの黒髪はすっかり隠された。

実はこの屋敷を目指す前にユリアナはレイリアの髪の色を元に戻そうと試みていたのである。けれどもやはり呪いの力の方が強いのか、いくらユリアナが魔力を注いでみても髪の毛の色を変化させることは出来なかったのである。


 屋敷の中では侍女と執事、男女の使用人が並んでユリアナを出迎えた。


「お帰りなさいませ。奥方様。コートをお預かりいたします。」

初老の男性執事がユリアナのコートを預かりながら話しかけた。そしてフードで顔を隠したレイリアを見つめると言った。


「こちらのお嬢様がレイリア姫でございますな?」


馬車から降りる時にレイリアはユリアナからひと言も口を利かないように言い含められていたので黙って頷いた。


「ジェイムズ、実はレイリアは喉の調子が悪くて話す事が出来なくなっているの。その事を理解しておいて頂戴ね。」

ユリアナはジェイムズと言う名前の執事に言った。


「はい、承知いたしました。この館の者全員に伝えておきます。」

ジェイムズは恭しく頭を下げて、さらに首を傾げた。


「ところで・・・・レイリア様はコートをお預かりしなくてよろしいのですか?」


「ええ、いいのよ。風邪気味で寒気がするそうなのでこのコートは着たままで。あ、そうだわ。アメリ、レイリアの部屋の用意は出来ているかしら?」


「はい、奥様。用意は出来ております。」

アメリと呼ばれた侍女が前に進み出て来た。


「ご苦労様、ではレイリア。部屋に行きますよ。」

ユリアナはレイリアを連れて行こうとすると、アメリは慌てた。


「あ・奥様。姫のお部屋の案内でしたら、この私が致しますが。」


「いえ、いいのよ。少しレイリアと話があるから。いらっしゃい、レイリア。」

レイリアは黙って頷くとユリアナの後を付いて行った。


 ユリアナの館はレイリアが住んでいた城に比べると、とても小さく見えた。

けれども明るくて大きな窓、隅々まで掃除が行き届いた内部、何より調度品はとても温かみを感じる物で溢れていた。


レイリアは屋敷中をキョロキョロと見渡しながら思った。

—これがお婆様のお屋敷なのね。初めて来たけど、とても私気に入ったわ。


「ふふふ・・・レイリア。私の屋敷が気に入った様ね?」

前を歩くユリアナが振り返って言った。


「別に。ただ、随分小さな屋敷だなって思っただけよ!」

フンとそっぽを向いて答える。

ああ、私ったらまた心にもない事を口走ってる—。レイリアの胸はチクチク痛んでいた。


 やがてユリアナは一つの部屋の前で立ち止まった。

「さあ、レイリア。今夜はこの部屋で休むのよ。」


レイリアは部屋の中へ入った。

アーチ形の大きな出窓は明るい日差しを取り入れ、天蓋付きのベッドはたっぷりのフリル付きのレースで覆われている。部屋の壁紙は薄いブルーで、床も同色系で統一されていた。


「どう?気に入ったかしら?」

ユリアナはレイリアの背後に立ってフードを外すと言った。


「フ・フン。まあまあいいんじゃないの?」

ツンとしながらレイリアは言う。でも内心では、とてもこの部屋が気に入りウキウキしていた。


「食事もこの部屋に運ばせます。私と一緒に夕食を取りましょう。貴女がこの部屋にいる間は誰も入らないよう言い聞かせていますからね。」


「そうね、黒髪の人間を見たら皆怖がってしまうものね?どうせ厄介なお荷物を背負い込んでしまったと思っているのでしょうね。」

そう言いながらレイリアの心はますます深く傷ついていく。


けれどもユリアナはそのような事は気にもせずに言った。

「いいですか?私は貴女の言葉には一切惑わされていません。それに皆は貴女の事が黒髪に赤い瞳の少女に見えているでしょうが、私の目には以前と変わらない金の髪にアクアマリンの美しい瞳の少女にしか見えませんよ?」


え?!まさか—!

意外な事を言われてレイリアは目を見開いた。


ユリアナは言った。

「私は魔力以外に真実の姿を見分ける事が出来る能力を持っています。代々、優れた王家の力を引き継ぐ人間には魔力以外に特殊能力を持って生まれて来た王族もいます。・・・生憎、この力は女にしか引き継がれないのですが・・・。貴女にも魔力以外に必ず、特殊能力が備わっているはずです。それを自分の力で見つけるのです。そうすればより確実にサバトスを倒す力となるでしょう。」


「私に・・特別の能力が・・・?」

レイリアは顔を上げた。


「ええ、その為にも貴女はより強い魔力を身に付け、剣術を学び、サバトスを倒すのです。それが貴女に与えられた宿命です。・・・まだ10歳の女の子に酷な事を言うと思うでしょう、けれども人には生まれ持っての役割という物が定められているのです。その役割を受け入れなければなりません。」

ユリアナはじっとレイリアを見つめながら言った。


「分かった・・・わ。でも勘違いしないでね。貴女に言われて受け入るんじゃないって事に。このまま何もせずに呪われた短い一生を終わる気は無いからよ。必ずサバトスを倒して、復讐してやるわ。」

レイリアはゾッとする位に美しい笑みを浮かべると言った。その姿は魔界の姫君の様にも見えるのだった。

私が、この呪いで命が尽きてしまう前に絶対呪いを解いてみせるわ—

レイリアは固く誓ったのである。


 その日の夜、レイリアはユリアナと一緒に夕食をとっていた。

考えてみればサバトスの呪いを受けてからのレイリアは何故か空腹感を一切感じる事が無くなっていた。それがユリアナがレイリアの身体から溢れ出している禍々しい瘴気を吸い取ってくれたお陰でようやく食欲が戻って食べる事が出来るようになったのである。

円卓のテーブルに向かい合って座るレイリアにユリアナは声をかけた。


「どう?我が屋敷の食事は。レイリアの口に合うかしら?」

フォークとナイフで肉を切り分けながらユリアナは尋ねた。


「そうね。まあまあかしら?こんな山奥にある館のシェフにしては中々の腕前なんじゃないの?」

レイリアは肉を口に運びながら答える。


「そう、それなら良かったわ。」

ユリアナは笑顔で言った。


 二人きりの食事も終わり、夜になった。

「お休みなさい、レイリア。明日朝食が終わったら早速訓練を始めるので、今夜は早くお眠りなさい。」

ユリアナはレイリアのベッド脇のサイドテーブルにアルコールランプを置くと言った。


「ええ、言われなくても眠るわよ。だから早く出て行ってくれる?」

最後までレイリアは可愛げのない言葉を使っている。


「そう?それじゃお休みなさい。レイリア、良い夢を。」

言うとユリアナは部屋から出て行った。


レイリアはユリアナが出て行った扉を見つめて言った。

「ありがとう、おばあ様・・・。それにしても誰かの前だと思っている事と反対の言葉をしゃべってしまうのに、何故一人きりの時は素直な気持ちで話せるのかしら。」


レイリアはベッドから起き上がると、窓に近寄りカーテンを開けた。

森の木々の真上に丸く大きな月が輝いている。


「今夜は満月だったのね・・・・。」

そこでレイリアは秋風の寒さも厭わず、窓を開けると月に祈りを捧げた。


「お月様、どうぞお願いします。サバトスを無事に倒して、お父様とお母様の元へ帰る事が出来ますように・・・。どうか、私に力を御貸し下さい・・・。」

レイリアは一心不乱に祈り続けたのであった—。





















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