2-2 新しい家

「レイリア、起きなさい。もう朝ですよ。」

眠っている所をユリアナに揺すぶられてレイリアは目を覚ました。


「う~ん・・・もうそんな時間?」

レイリアは目を擦りながらベッドから起き上がったが、外はまだ薄暗い。


「え?何よ。まだ外は明るくないじゃない。一体何時なの?」

レイリアはユリアナに尋ねた。


「朝の5時よ。さあ、レイリア。朝食前に早速今日から特訓を始めるわよ。」

ユリアナは言いながら着替えを渡した。


「何よ?こんな服を私に着ろと言うの?!」

手渡された洋服を見てレイリアは文句を言った。


「そうよ、これから貴女は自分で生活の為に労働しなくてはなりません。これも全てサバトスを倒す為の鍛錬の一環として捉えなさい。」

ユリアナは事も無げに言った。言われてみるとユリアナの着ている衣装も、とてもかつての女王が着るような服ではない。ベージュのくるぶしまでのワンピースに白くて長いエプロンを身に付けている。

ユリアナ自身が粗末な衣服を身に付けている以上、レイリアもそれに従うしかなかったので仕方なしに着替える。着替え終わるとレイリアは鏡の前に立ってみた。

グレーのくるぶしまでのスカートに、オレンジ色の上着、そしてユリアナと同様、白いエプロンドレスを着用した姿。しかし、着替えも楽だし、何より動きやすいのが気に言った。

もともとレイリアは皇女や貴族の子女が着るようなドレスは着た事が無かったので、こちらの衣装の方が自分にしっくり合っているように感じられた。


「良く似合ってるわよ。レイリア。」

背後に立ってユリアナは言った。


レイリアは顔を赤らめながら言った。

「フ・フン。当然よ。私は何を着ても似合うんだから。」

ありがとう、おばあ様—。

レイリアは心の中で感謝した。


「髪の毛は鍛錬の邪魔になるから結わえた方がいいわね。」

ユリアナはレイリアの髪をブラッシングすると、髪を結い上げてリボンでまとめた。

「いい?レイリア。このリボンには私の魔力が封じられてあります。本当に困った事があった時にこのリボンを解いて助けを求めなさい。」


「そうすると何があるの?」

レイリアは尋ねた。


「フフフ。それは秘密よ。」

ユリアナは意味深に笑った。


「何よ、教えてくれたっていいじゃない。ケチね。」

頬を膨らませて抗議したが、ユリアナはそれ以上は答えなかった。


「レイリア、これから外出する時には、これを被りなさい。」

ユリアナはレイリアの黒髪を隠すように白いボンネットを被せ、顎ひもを結んだ。

「これなら貴女の黒髪は完全に隠せるわ。この国にいる間は必ずこのボンネットを被っているのよ?」


「そう、仕方がないわね。黒髪はこの国では忌み嫌われているもの。」

レイリアは被ったボンネットを触りながら言った。

うん・・・でも中々似合ってるんじゃないかしら?レイリアは満更でも無い様子で笑みを浮かべた。


「さあ、レイリア。ついてっらっしゃい。」

ユリアナは支度が終わったレイリアを連れて屋敷の外へ連れ出した。


「何処へ連れて行こうと言うの?」

レイリアはユリアナの後ろを歩きながら尋ねた。


「これから貴女が暮らす家よ。」

ユリアナは振り返りもせずに森の中を歩き続ける。


「ええ?!何ですって!私はあの屋敷でこれから暮らしていくのでは無かったの?」

驚いたレイリアは大声でユリアナに言った。


「そうよ。これから貴女は私が用意した家で一人で暮らしていくのです。勿論慣れるまではこちらにも考えがありますからその辺りは心配しなくても大丈夫よ。」


「そんな!私をたった一人にするなんて、こんなの納得いくわけ無いでしょう!」


「大丈夫よ、レイリア。最初は不安かもしれませんが、その内慣れますから。」

まるで意に介さないようなユリアナにレイリアは苛立ちを覚えた。


屋敷を出て5分程森の中を歩くと、ユリアナは足を止めた。

「ここよ。今日から貴女はここで一人で暮らしてゆくのです。」

ユリアナが指示した場所は不思議な空間だった。およそ直系50m程の更地の土地を木々が囲むように生えている。


「え・・・?何にも無い只の空き地じゃないのよ。私に野宿をしろと言うの?!」

レイリアはユリアナをキッと睨み付けた。


「いいから落ち着きなさい。よく見ているのよ。」

言うとユリアナは更地に右手を掲げた。


「イデア・ディル・マーヴェラス」


するとユリアナの発した言葉に呼応するかのように空間が揺らめき、そこには2階建ての木造のこじんまりとした家が姿を現した。


「え?な・何なの?!」

驚いたのはレイリアである。何も無い空間に突然家が現れたのだから無理もない。


「ふふふ・・驚いたでしょう?この家は魔法陣によって周囲から閉ざされた空間にあるの。今唱えた言葉により、ここに姿を現すのよ。勿論、この家を今の空間から切り離す言葉もあります。それを唱えれば、この家は完全に外界から遮断され、外部からの危険を受ける心配も一切無くなる仕組みになっているのですよ。そしてこれがその呪文。」

ユリアナは再び右手を出現させた家に掲げて、唱えた。


「グノーシア・フィル・マーヴェラス」


すると今度はまた空間が震え、二人の前から家が完全に消え失せたのである。


「どう?レイリア。これなら森の中の家で一人で暮らしても何の危険も無いから、安心出来ますね?」

ユリアナは呆然としているレイリアに向かって笑みを浮かべた。


「そ・そうね・・・・。これなら私一人でも安心して暮らせそうね。」

レイリアは声を上ずらせながら言った。

まさか、マーヴェラス王国にこのような高等魔術が存在しているとはレイリアは思いもしなかった。


「ではレイリア。先程の私を真似して家を出現させてみなさい。」

ユリアナに促されてレイリアは右手をかざした。


「イデア・ディル・マーヴェラス」

すると先程と同様、二人の前に家が出現したのである。


「では次にこの家を外界から遮断してみなさい。」


レイリアは頷くと呪文を唱えた。

「グノーシア・フィル・マーヴェラス」

すると今度は家が見事に消え失せたのである。


「どう?!見事にやってみせたわよ?」

レイリアは自慢げにユリアナを振り返った。


「ええ、お見事でしたよ。いいですか、レイリア。この呪文はマーヴェラスの王家の血を受け継ぐ魔力保持者でなくては扱えません。ですが、貴女は見事に成功させました。おめでとう、レイリア。」


「まあ、私の実力なら当然よね。」

相変わらず憎まれ口しかレイリアは聞けないが、ユリアナに褒められて内心はとても嬉しかった。


「ではレイリア、この家は貴女にプレゼントします。サバトスが復活し、貴女が国を旅立つまでは、ここが貴女の住む場所です。実は、私も貴女位の年の時にここで魔力の鍛錬を積んでいたのですよ。この空間は魔力を身に付けるには最適な場所なのです。」


「そう、おばあ様に出来たのならこの私に出来ないはずはないわよね。」

口では強気な言葉しか出てこないが、内心レイリアは不安で一杯であった。それも当然であろう。まだ齢10歳で、これまで一国の姫として大切に育てられてきたのだから無理もない。


「レイリア、この家の裏手には厩舎もあります。馬は貴女が何処か森で調達してきても良いし、私が貴女に選んであげても良いので自分でどうしたいか決めなさい。」

ユリアナに案内されて家の裏手に行くと、そこには小さな厩舎と1台の馬車が置いてある。


馬車を見てからレイリアは言った。

「ねえ、さっき気になる事を言っていたけど、私に馬を調達しなさいって言わなかった?私が馬を森で捕まえる事が出来ると思っているの?何だかんだ言って、私に馬を渡すのが本当は惜しいんじゃないの?」


「いいえ、本来相性の良い馬は自分で選ぶべきだと思って話をしたまでです。幸いこの森には野生の馬が生息しています。この近くに湖のほとりがあり、そこは馬たちの水飲み場となっているのです。そこで貴女が好みの馬を選んで捕まえるのも鍛錬の一つだと思いませんか?付け加えれば、私はレイリアと同じ年に馬を捕らえて、自分の愛馬にしましたよ。」

ユリアナは事も無げに言った。


「う・・・・。わ、分かったわ。私だって自分で馬を捕まえてみせるんだから。」


「そう、その心意気です。ではレイリア、厩舎も案内した事です。家の中へ入ってみましょう。」


家の中は必要な小さな家具が全て揃っていた。レイリアがこれから一人で暮らしていくには十分整えられていた。

台所には巨大な蛇口の付いた水瓶が置いてあり、地下に水道管を通してあるので蛇口をひねればいつでも水が出るようになっているので水汲みの作業が無いのがレイリアにとって一番嬉しかった。

そしてこの家の地下には地下水を利用した氷室があるので、食材を冷やしておく事も出来るようになっていた。


「レイリア、この家は貴女が一人で暮らしていくのに十分な設備があります。

ですが、貴女もこの国に住む人々と同じように自給自足の生活をしていってもらいます。この敷地には貴女が一人で野菜を育てて食べていける程度の畑もあります。まあ狩りや魚を釣るのは難しいと思いますので、それらの食材は定期的にこちらに運ばせるようにします。ただし、調理は全て一人で行うのですよ。」


「ねえ、私は畑仕事も料理もした事が無いのだけど!」

レイリアは悲痛な声で訴えた。


「大丈夫、全てこの私が貴女に教えますから。」

ユリアナはにっこり笑った。


強大な魔力を持ちながら、かつては女王として君臨していたユリアナが料理どころか畑仕事までこなす事が出来る事実を知り、改めてレイリアは自分の祖母の凄さを目の当たりにするのだった。


 一通り、説明が終わった頃には時刻は既に7時を過ぎていた。

「あ・あら。もうこんな時間だったのね。レイリア、お腹が空いた野では無いですか?今朝は私がサンドイッチを作って持ってきたのでこちらを二人で頂きましょう」


ユリアナは持参して来たバスケットを空けて、二人分のサンドイッチを食卓に置き、ボトルに入った紅茶も取り出した。


「さあ、朝食を食べたら早速始めるわよ。」

ユリアナはティーカップに紅茶を注ぐとレイリアにそう告げたのだった。





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