1-4 両親との別れ

「母上・・・・・。まさか母上自らこの城にお越しいただけるとは思いもしませんでした。」

ジークベルトは恭しく頭を下げた。


「何を言ってるの?可愛い孫娘の為ならいつ、いかなる時でも足を運ぶわよ?」

ユリアナは微笑んだ。久しぶりに会ったユリアナはたっぷりとした金の髪を結い上げ、細身のドレスに身を包んでいる。とても孫娘がいる47歳の女性には見えない若々しさを保っていた。


「母上は相変わらず美しく、聡明であらせられて私は嬉しく思います。」


「ふふ・・・相変わらず貴方は口が上手いわね。」


「母上、早速で大変恐縮ではありますがレイリアを視て頂けませんか?」


「勿論よ。その為にこの城にやってきたのですから。ご苦労様、ヨハネス。もう下がって大丈夫よ。」


ユリアナはそれまで無言で立っていたヨハネスの方を向くと言った。


「は、承知致しました。」

ヨハネスは頭を下げると片目でジークベルトに挨拶をし、その場を後にした。



 さて、何故隠居した身とはいえ、ここまで国王のジークベルトが恭しく接するのか・・・そこには理由があった。

ユリアナは代々続く「マーヴェラス王国」の王族の中でも類まれなる魔力保持者だったからである。ジークベルトは母、ユリアナの足元にも及ばない。


「本来なら、我等だけで解決したかったのですが・・・私の不徳の致すところで、ふがいない思いで一杯です。」

ジークベルトはレイリアの部屋へ案内しながらユリアナに言った。


「何があったかのかは全て分かっているわ。あの魔術師・・・『サバトス』が蘇ったのね。我等に復讐する為に。」


「サバトス?あの魔術師はサバトスという名前だったのですか?」


「ええ、サバトスは悪魔と契約を結び、邪悪な力を手に入れたと言われているの。でもその名前は悪魔に魂を売って新しく付けられた名前。誰も真名を知らないわ。サバトスは今レイリアに魔力の殆どを奪われたから人の形を保てなくなってしまったけれど、いずれはまた力が戻り、この国を襲って来ると思うわ。」


「母上・・・何故そこまでご存じなのですか?まさか我らの戦いを見ていたのですか?」

ジークベルトは驚きを隠せなかった。


「ええ。水鏡を使って全て視ていたわ。仮にも<マーヴェラス王国の魔女>との異名は伊達では無くてよ?」


「やはり・・・母上には敵いませんね。」

苦笑しながらジークベルトは言った。


話ながら歩いているうちに二人はレイリアの部屋の前にたどり着いた。

扉越しからも禍々しい空気が漏れ出してきているのが分かる。


「ジーク、貴方はここにいなさい。ここから先は私一人で入るわ。」


「はい・・・。どうかレイリアをよろしくお願い致します。」



「レイリア、入るわよ。」

ユリアナは扉をノックするとドアを開けた。


「おばあ様・・・・?」

ユリアナはベッドの上に伏していたが、身体を起こした。


「レイリア、貴女随分闇の魔力を吸い取った様ね。しかも最後に相手の呪いがかかった魔力まで吸い取ってしまうとは・・・。レイリア、私と一緒に来なさい。このままこの城に居ては、魔力を持たない人々が貴女の放つ闇の力に取り込まれる事になるわ。それに、今のままの状態でいると数年以内に死んでしまうわよ。」


ユリアナは淡々とレイリアに語った。


「う・・・嘘よ、私が死ぬ?誰が貴女なんかの言葉を信じると思うの・・・?それに私がこのままこの城に残れば、城中の人間を苦しめる事が出来るのよね?是非この目で確かめてみたいわ。」

レイリアは口元に笑みを浮かべた。


ユリアナは言った。

「レイリア、私には貴女の心の声が聞こえているわ。おばあ様、私を助けて、苦しいってずっと訴えかけているのを。その証拠に貴女、泣いているじゃないの。」


「嘘よ・・・泣いてなんかいないわ。泣くわけ無いじゃないの!」

しかし、レイリアの両目からは涙が溢れている。


「可哀そうなレイリア・・・。待っていなさい。せめて今身体から溢れている闇の魔力だけは消してあげるわ。」

言うとユリアナは懐から小さな水晶玉を取り出し、レイリアにかざして言った。

「水晶よ、その聖なる力であの者から闇の瘴気を吸収せよ!」

途端に水晶が目もくらむばかりに輝きを放ち、レイリアから漏れ出している瘴気をグングン吸い込み始めた。


「ア・・・アアアッ!!」

レイリアは苦しみの声を上げた。


「耐えるのです!レイリア!」

ユリアナは必死で呼びかける。

やがて・・・徐々にレイリアの身体から放たれる禍々しい瘴気は消え、代わりに水晶玉の中にはどす黒い靄が封じ込められている。


「この位で大丈夫そうね・・・。」

ユリアナは額に汗を浮かべながら言うと、水晶玉に手をかざした。

「水晶よ、闇の力を浄化せよ。」

すると黒い靄が徐々に消失していき、やがて水晶は元の輝きを取り戻していた


「どう?レイリア?身体が楽になったでしょう?これで他の人達に貴女の闇の力で影響される恐れは無くなったわ。」

ユリアナは満足そうにレイリアに言った。


「随分余計な真似をしてくれたわね・・・・。でも絶対貴女に感謝なんてする気は全く無いわよ。」

憎々し気にレイリアは言った。


「やっぱり、身体から溢れ出す闇の瘴気は消す事が出来ても、貴女にかけられた呪いを解くまでには至らなかったみたいね。」

ユリアナはレイリアを見つめて言った。


確かに闇の瘴気は消え去ったが、レイリアの髪は相変わらず漆黒の色に染まり、口から出る言葉も人を蔑む内容ばかりだった。

それでもユリアナにはレイリアの心の声が聞こえている。

<ありがとう、おばあ様・・・。>—と。


「レイリア、よく聞きなさい。貴女の身体には未だ解けない呪いがかけられています。その証拠が漆黒の髪に、赤い瞳。何より心とは正反対の言葉が口をついて出てしまう、おぞましき呪いです。この呪いを解くことが出来るのはただ一人、貴女に呪いをかけたサバトスだけ。しかし彼は貴女に魔力を吸い取られた事によりカラスとなって飛び立ちました。完全な人型に戻るまでは居場所を感知する事が出来ません。」


レイリアは黙ってユリアナの話を聞いている。


「そこでレイリア、貴女はサバトスが完全に復活するまでに魔力を、剣の腕を鍛えるのです。呪いを解くためには彼を倒さなくてはなりません。まだ貴女は魔力に目覚めたばかりですが、私は貴方がマリネス王国でサバトスと戦う姿を視ました。貴女の魔力は恐らく私を凌ぐと確信しています。」

ユリアナはレイリアをじっと見つめると言った。

「強くなるのです、レイリア。そして時が満ちたら旅立ち、サバトスを見つけて自分にかけられた呪いを自分自身の力で解くのです!」


レイリアは口を開く代わりに心の声で応えた。

<分かりました。おばあ様。私・・・強くなっていつか必ず呪いを解いてみせます>



 長い時間が経過していた・・・。

ジークベルトは落ち着かない様子で執務室で仕事をしている。

本当なら、ユリアナが部屋から出てくるまで待機していたかったのだが、仕事をさぼるなとヨハネスに言われ、渋々執務室に連れて来られたのである。


「遅い・・・母上は一体何をしておられるのだ・・・?」

その時、執務室のドアがノックされた。


すぐにヨハネスが応対すると、執務室にユリアナとレイリアが現れた。


「レイリア、身体はもう良くなったのか?」

ジークベルトが笑みを浮かべて立ち上がったが、それをユリアナが制した。


「お待ちなさい、ジーク。」


「母上・・・?」


「これよりレイリアは私が預かる事とします。この城へはレイリアの呪いが解ける

までは、もう戻ってくることはありません。」


「な・何を言っておられるのですか?!幾ら母上と言えどもそれは承諾出来ません!」


「やめて!私がこれ以上この城に居たくは無いからよ!」

レイリアは真っ赤な瞳でジークベルトを睨み付けた。


「レ・レイリア・・・?」

ジークベルトは不思議そうにレイリアを見つめた。


するとレイリアは冷たい笑みを浮かべて言った。

「本当に愚かな人なのね。この国の国王なら知っているでしょう?漆黒の髪がどれ程忌み嫌われているかって事位・・・。貴女は自分の娘がこの城で肩身の狭い思いをしてもいいって訳ね?」


「レイリア・・・。私は別にそのような意味で言った訳では・・。」


「ジーク、これで分かったでしょう?この城にはもうレイリアの居場所は無いのよ?私が責任を持ってレイリアを預かります。剣術や魔力の使い方、全てを私がレイリアに教示します。そしていずれサバトスが復活した時にレイリアを旅立たせます。

何故なら呪いを解くにはレイリア自らがサバトスを倒さなければならないからです。」


「は・・母上?!正気ですか?レイリアは女の子ですよ?しかもこの国の姫です。それを戦わせようとするなど・・・無謀な話です!」

ジークは猛抗議した。


「・・・なら親子の縁を切って頂戴。」

レイリアは冷たい声で言い放った。


「レイリア?今何を・・・・」


「どうしても私を行かせないと言うなら、今ここで親子の縁を切って!私の邪魔をするような人はもう親でも何でも無いわ!貴方なんか大嫌い!!」

レイリアは叫んだ。

<嘘よ!!私は一度もお父様を嫌った事なんか無いわ!大好きなのに・・・!!>

レイリアは自分の心がまるでナイフで刺されたような痛みを感じていた。思ってもいない事を口から出てしまうと言う事がこれ程苦しいとは思いもしなかった。


そんな様子をユリアナはじっと見ているが、やがて言った

「レイリア、少し席を外しなさい。私は貴方のお父様とお話がありますから。」


「あ、そう。」

レイリアはプイと背中を向けて部屋から出て行った。


「母上!何故私達からレイリアを奪うような真似をしようとするのです?!」

ジークベルトは冷静さを欠いていた。


「落ち着きなさい、ジーク。貴方には分からないのですか?レイリアが心の中でずっと泣いているのを・・・。」


「どういう意味ですか?」


「今のレイリアは呪いによって本心とは真逆の言葉しか話せなくなってしまっているのです。貴方に酷い言葉を投げつける度にレイリアの心は傷ついています。」


「ま・まさか・・・。」


「これ以上レイリアの心が傷つけば、もうあの子は正気を保てなくなってしまうかもしれない。貴方はそれでも良いのですか?」


「・・・・。」

ジークベルトは黙り込んでしまった。


「あの子の為に、私は貴方とエレーヌから引き離すのです。」


「わ・・・分かりました。母上、レイリアをよろしくお願いします。」






こうして、レイリアは10年育ったお城を離れ、祖母のユリアナと深い森の中で暮らす事となりました。

季節は秋—落ち葉が舞い落ちる季節。

レイリアの両親は1台の馬車が城門から出て行くのを窓から馬車が見えなくなるまでずっと二人で見送っていました。

いつか再会する日が訪れるのを祈りながら。

でもその続きはもう少し先のお話 — 。



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