1-3 封印

 ジークベルトは側近、将校等を集めて軍法会議を開いていた。


テーブルの中央には巨大な魔鏡が置かれている。この魔鏡には同盟の証として預けた指輪がある国の様子を映像としてこの魔鏡に送られてくるようになっている。

これも偉大なる先代の偉大なる魔導士の手によって作られた物だ。


「陛下、映像が入ります。」

ヨハネスは魔鏡を覗き込みながら言った。二人きりの時は砕けた雰囲気で話すヨハネスもこのような場面では立場を弁えた振る舞い方をする。


「よし、映してくれ。」


ヨハネスが魔鏡に触れると映像が浮かび上がった。そこは城の内部の様だったが、内部は崩壊し、焼け焦げ、すっかり原形をとどめてはいない。人の姿は全く無かったが、代わりに様々な小動物が動き回っている。


「何だ・・?あの動物たちは・・?どこから入り込んできた?」

ジークベルトは眉間に皺を寄せた。


「それに人々の姿も全く見られないのが気になりますね。国王や女王を含め一切人影すら見当たりません。」

側近の一人が言った。


「確かにそうだ・・・。映像を他の場所に切り替えてくれ。」

ジークベルトは促した。


「はい、ではこの国の中央広場に映像を切り替えます。」

映し出された映像を見て、皆が眉をひそめた。


「こ・これは・・・・・。」

「なんて酷い・・・。」


美しい町並みは破壊の限りを尽くされ、焼き尽くされている。そこには無数の人々の死体が折り重なるように倒れていた。中には小さな子供の姿まである。

そして、獣の身体を持つ獣人が無数にうごめいていた。


「・・・・!」

ジークベルトはあまりにも凄惨な光景に言葉を失った。

ヨハネスは視線を逸らしている。


「陛下・・・どうされるおつもりですか?」

白髪交じりの軍曹が問いかける。


「わ・・・私にはこの国を、民を守らなければならない責務がある。恐らくもうこの国には生き残った人間はいないだろう。」

ジークベルトは顔を上げた。

「よって、私はこの国を封印し、何人たりとも出入り出来ないようにする!全てはこの国、そして近隣の国を守る為に!!」


「ヨハネス・・・出来るな?」

ジークベルトはヨハネスを見た。


「・・・はい、勿論です。陛下ならきっとそう言うと思っておりました。」


 封印の方法は簡単だ。

『マリネス王国』にある≪マーヴェラスの指輪≫を破壊すれば良い。

ヨハネスは魔鏡の映像を切り替え、指輪を映し出した。この指輪は結界で守られており、『マーヴェラス』の魔力を持つ人間しか破壊する事が出来ない。


「ゆくぞ。」

ジークベルトは立ち上がり、映し出された指輪に念を送る。

「我が名、ジークベルトが命ずる。指輪よ、その身を自らの意思で砕くのだ!」

直後、ピシッピシッと指輪に亀裂が生じて弾け飛ぶと同時に魔鏡からの映像も途絶えた。


ヨハネスは魔鏡を確認しながら言った。

「『マリネス王国』・・・・完全に外界からの遮断完了しました・・・。」


ドサリと椅子に座り込むジークベルト。

激しい自責の念にかられている。

自分はとうとう妻の国を見捨ててしまった。

そして、まだ会った事が無いレイリアの婚約者まで奪ってしまったのだ。

荒い息を吐いてテーブルの上で拳を握って俯くジークベルトを見てヨハネスは言った。


「陛下、貴方の行いは正しいです。誰一人この国の人間は陛下を責める事はありません。今は封印致しましたが、いずれ解決策が見つかった時には、再び封印を解けば良いのですから。」


「その通りですぞ!」

「陛下!我々は貴方に何処までも付いて行きます!」

軍法会議に集まった人々は皆口を揃えてジークベルトの英断を褒めたたえるのだった。


 

 そこへドアがノックされ、警備の兵士が応対し、ジークベルトの側に歩み寄った。

「陛下、報告があります。」


「どうしたのだ?」

ジークベルトは顔を上げた。


「レイリア様の目が覚めたそうです。」


「何?本当か?!」

ジークベルトは立ち上がると言った。

「皆の者、会議は一度終了する。ご苦労であった!」

そして足早に会議室を出るとレイリアの部屋へと向かったのである。


 レイリアの部屋へ行くと何故か侍女達がドアの外で震えながら立っている。


「どうしたのだ?お前たち。何故ここにいるのだ?」

ジークベルトは不思議に思い尋ねた。


「そ・それが・・・・レイリア様が・・・・。」

1人の侍女が震えながら言う。


「何?レイリアがどうかしたのか?入るぞ!レイリア!」

ジークベルトは扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。


「う・・な・何だ、この禍々しい空気は・・・。」

レイリアの部屋全体に恐ろしい気配が漂い、その中心はレイリアから放たれていた。


レイリアはベッドの上に起き上がっている。

「レイリア・・・?」

ジークベルトの身体いつの間にか鉛のように重くなっている。それでも必死でレイリアに近付いた。


「お父様・・・・。」

レイリアはジークベルトの方を振り向いた。


「!」

レイリアを一目見た瞬間にジークベルトは息が止まりそうになった。


白い肌に光沢のある黒髪、漆黒のドレスを身に付けたレイリア。そしてその瞳はアレキサンドライトのように赤く輝いていた。紅をさしたような真っ赤な唇は妖艶で本当に我が娘なのかと疑ってしまう程の変わりようにジークベルトは我が目を疑った。

その姿はまるで魔界の姫のごとき怪しい美しさを放っている。


「レ・レイリア。本当に・・・私の娘のレイリアなのか・・・?」

震える声を押さえながらジークベルトは尋ねた。


「ええ、私は貴方の娘のレイリアよ。」

口調までも変わっている。


そしてそこから出て来た言葉は信じられない物だった。


「お父様たちがあまりにも無能だったから私は酷い目に遭い、このような姿になってしまったのよ。でも、この姿とても気に入ったわ。だって私はお父様もお母様も大嫌いで、貴方と同じ金の髪が本当に嫌で嫌でたまらなかったの。今となっては私をこのような姿に変えてくれたあの魔術師に感謝したい位だわ。それにしても以前のレイリアが着ているのは何て安物ばかりなんでしょうね。たった一人きりの可愛い娘に満足にドレスも買ってくれないなんて、貴方は父親失格よ。何が国王よ、娘を満足させることが出来なくて国民を幸せにする事が出来ると思ってるの?」


ジークベルトを指さしながら冷たく言い放つレイリアの姿はとても正視する事が出来なかった。挙句に部屋中に漂う禍々しい空気はジークベルトを飲み込もうとしているようにすら感じられた。


「グ・・・ッ!」

ジークベルトは膝を付き、荒い息を吐きながら娘を見た。

「レイリア・・・本気でそのような事を言っているのか?」


「フフフ・・・。無様な姿ね。ええ、その通りよ。今まで私がどれだけ我慢して来たか貴方には分からないでしょうね。」

そしてジークベルトに言った。

「貴方を見ていると不愉快になってくるわ。さっさと私の部屋から出て行って!」

ジークベルトに枕を投げつけながらレイリアは叫んだ。


「分かった・・・。また来るよ。私の可愛いレイリア。ゆっくり休むんだよ。」


寂しげに笑うとジークベルトは部屋を出て行き、レイリアは一人残された。

ジークベルトの足音が遠ざかっていくと、レイリアの瞳から涙が溢れだした。


「どうし・・・て・・?どうしてこんな言葉が口から出て来てしまうの?私、そんな事全然思ってもいないのに!何でお父様の傷つく姿を見ると嬉しくなってくるの?

本当はお父様の悲しい顔を見ると、胸が苦しくて仕方が無いのに・・・!」

レイリアは鏡を覗き込んだ。黒髪に赤く輝く瞳、真っ赤な唇・・・。

「いやああああ!」

レイリアは叫んで鏡を投げつけて壊した。


「お父様・・・・お母様・・・・!誰か、私を助けて・・・・!」

そしていつまでも泣き続けていた―。




「ジーク・・・あの子は・・レイリアはどんな様子だったの?」

体調を再び崩してしまったエレーヌはベッドに臥せっていた。そして見舞いに訪れたジークベルトに尋ねた。


「エレーヌ・・・嘘をついても仕方がない。正直に話すよ。レイリアはあの魔術師との戦いで闇を吸収して、身体を乗っ取られたようだ。」

悲痛な表情でジークベルトは答える。


「!そ、そんな・・・・。」

エレーヌは口元を押さえた。


「レイリアの部屋は闇に覆われ、誰も近寄る事すら出来ない。何とか私は入る事が出来たが、恐らく普通の人間には無理だろう。それにエレーヌ・・君の国を犠牲にしてしまった・・。」


エレーヌは首を振った。

「いいえ、ジークの行いは間違えておりません。仮に私がその場にいたとしても同じ判断を下します。それよりも肝心なのはレイリアの方です。一体どうしたらレイリアを救えるのですか?!」


「母に・・・母に会いに行く。」

ジークは言った。


「え・・?お母様に?先代の女王にですか?」


「ああ、母にレイリアを視てもらう。きっと母なら・・・レイリアを救える方法を知ってるはずだ。今母は、この国の奥地にある城で暮らしている。明日、レイリアを連れて母に会いに行ってくる。だから・・・エレーヌは何も心配するな。そして立派な子供を産んで欲しい・・。」

言うとジークベルトはエレーヌを抱きしめるのだった・・・。



 代々、マーヴェラス王国の直系は必ず強い魔力を秘めて産まれて来る。そして最初に生まれた子供に一番強い魔力が宿る為、例え王女でも最初に生まれて来たのであれば、国を継ぐ事になっていた。

そしてジークベルトの母は物の本質を見極める能力に長けていたのである。


 ジークベルトの母、ユリアナは18歳の時に婿養子を取り19歳でジークベルトを出産している。ユリアナの夫は若くして病で亡くなり、すぐに王位を継いだのはジークが18歳で結婚した直後であった。そしてユリアナは周囲の反対を押し切り、森の奥深くに住居を構え、数人の世話係とひっそりと暮らしている。



「ただ・・・問題はレイリアが母の元へ行くかどうかなのだが・・・・。」




「嫌よ、何故私がわざわざそんな面倒な場所へ行かなければならない訳?」

翌朝ジークベルトがレイリアの部屋を訪れ、話をしてみたが、開口一番出て来た言葉は拒絶だった。



「レイリア・・・。私はどうしても私はお前を救いたいのだ。」

必死に説得しようとするジークベルトの手をレイリアは払いのけた。


「早く出て行って!貴方の顔を見ていると虫唾が走るわ!」



部屋を追い出されたジークベルトはレイリアの部屋のドアに寄りかかりため息をついた。そこへヨハネスがやってきて言った。

「ジーク・・・勝手な真似をしてすまない。実は俺、ユリアナ様をこの城に連れて来てるんだ・・。」


「え?」

ジークベルトは驚いてヨハネスを見ると、彼の背後から懐かしい声が聞こえた。



「―久しぶりね。ジーク。」














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