1-2 魔術師との闘い

「ああ・・・。私の可愛いレイリア。どうか早く目を覚まして頂戴。」


天蓋付きの大きなベッドに寝かされたレイリア。その枕元にはレイリアの母親のエレーヌが身重の身体で看病を続けている。美しい横顔には疲労が蓄積した疲れが見えていた。

レイリアは荒い息を吐きながらうなされている。


「レイリア・・・何故このような髪の色に・・・。」

エレーヌは真っ黒に染まったレイリアの髪の毛に触れ、涙を浮かべた。

代々、この国では黒は穢れの色として恐れられていた。このような姿が国民の目に触れる事になったとしたら・・・。実際、今の姿からは誰が見てもレイリアだとは信じないだろう。レイリアが呪いにより姿を変えられてしまった瞬間をジークベルトと兵士達がこの目で見ていたからこそ、レイリアだと判断出来たのである。


「誰か?!何故レイリアがこのような姿になり、苦しんでいるのか知る者はおりませんか?!」

エレーヌは付き添いの侍女達に問いかけた。


「お妃様、どうか落ち着いて下さい。いずれは赤ちゃんを出産される御身だと言うのに、それではお身体に触ります。」

メアリはエレーヌに寄り添い、ソファに座らせた。


「どうかお休みになって下さい。レイリア様は私共がお世話いたしますので。」

メアリは恭しく頭を下げると、エレーヌは不承不承侍女達に連れられ、レイリアの部屋を後にした。


「レイリア様・・・。お可哀そうに・・・・。」

メアリはそっとレイリアの額に触れて涙を浮かべるのだった。




 何故レイリアがこのような目に遭ったのか—。

ジークベルトはエレーヌの故郷『マリネス王国』に自国の外交官を派遣していた。

目的はこの国の現状を逐一報告させる為であった。

そして半年程前から外交官から怪しい動きがあると報告が入ってきた。

< 王宮に怪しい黒魔術を使う人物が出入りするようになり、国王がおかしくなってしまった―>と。

様子を伺っていたジークベルトであったが、やがて派遣した外交官からの連絡も一切途絶えてしまった。そこで剣士としても参謀としても腕の立つ使者を1週間程前に偵察に送り込んだのだが、やはり連絡が来ることは無かった。


 もう看過する事は出来ない、仮にも同盟を結んでいる国が存亡の危機にさらされているに違いない。

そう思ったジークベルトは兵を引き連れ、『マリネス王国』へ向かったのである。

まさか荷台に紛れてレイリアが付いてきている事とは夢にも思っていなかった。


 ジークベルト達が『マリネス王国』に着いたときに見た光景は目を疑う物だった。

青い空に美しい海、漁業が盛んだったはずのこの国は、今や空は不気味な色で染まり、海はどす黒く悪臭を放っていた。荒れ果てた街は濃い霧に覆われている。そして人々の姿は一切見られない。


「な・・・何なんだ?一体これは、何が起こったと言うのだ?」

馬に乗ったままのジークベルトは白銀の鎧に身を包み、この恐ろしい光景を信じられない気持ちで見つめた。

他の兵士達もざわついている。


「おい・・・ジークベルト。これはかなり不味い状況だぞ・・?やはり何者かが魔術を使い、この国を荒廃させたのではないか?」

ヨハネスがジークベルトの隣に馬を付け、周囲を見渡した。


「ああ・・・そうだな・・。」

ジークベルトは美しい顔に眉を顰めた。額には冷汗が流れている。


「とにかく、城を目指そう。」

ジークベルトは剣を抜き、山頂にそびえ立つ城を指した。特に城の周囲は禍々しい雲に覆われ、雷が鳴り響いている。

と、その時。


「グルルル・・・・。」

恐ろしいうめき声が周囲から聞こえて来た。

ジークベルトとヨハネスは魔力を帯びた剣を構え、兵士達も剣を引き抜く。

ジャリッ・・・・砂を踏むような足音が徐々に近づいてくる。


くっ・・・霧が濃すぎて敵の姿が見えない!ジークベルトは焦った。

出来れば魔力は温存しておきたかったが、敵の姿が見えなければ戦う事すら出来ない。


「我が剣に命じる、この霧を払え!」

ジークベルトは魔力を注ぎ込み、剣を薙ぎ払った。一気に周囲の霧は消える。

そして姿を現したのは・・・・


「グ・グール・・・・。」

兵士達の間でざわめきが起こった。それもそのはず。グールは太古の昔に存在した悪鬼で人々の間で恐れられていた。しかし伝承によれば魔導士たちによって滅ぼされたと言われている。


体長2mはあろうかと思われる筋肉で覆われた緑色の身体。その瞳は白く濁り、大きく開けた口からは鋭い牙が覗いている。武器は所持していなかったが爪は鋭く尖っていた。


「およそグールの数は約5~60体と言うところか・・・。」

冷静さを保ちながらジークベルトは言う。


「ああ・・・そうだな。所でジーク。お前はアイツらの弱点を当然知ってるな?」

ヨハネスはジークベルトの背後に立ち、剣を構えながら言った。


「フ・・当然だ。聞くまでも無い。」


そして兵士たちに叫んだ。

「皆の者!聞け!奴らの弱点は鉄だ!鉄の剣に持ち替えろ!そして眉間を狙え!!」


「はい!!」

いずれも精鋭揃いの兵士たちは一斉に返事をすると鉄の剣に持ち替え、グールめがけて掛け声を上げて突進して行った。


ジークベルトは自らの剣に命じた。

「我が剣よ!この身に炎をまとえ!!」

途端にジークベルトの剣は炎に包まれる。

「行くぞ!!」

ジークベルトは剣を振りかざし、グールの群れに突っ込んで行き、次々と炎の剣で薙ぎ払い、次々とグールは地面に倒れて行った。


ヨハネスも魔剣でグールを着実に倒して行く。


やがて辺りは静まり返り、グールは全て倒されていた。勿論一人の犠牲者も出さずに。



 ジークベルトは離れた場所で倒したグールを真っ青な顔で見つめている。

ヨハネスはジークベルトに駆け寄ると肩を叩いて言った。


「やったな、ジーク。全て倒し・・・・・?!」

そこに倒れていたのはこの国の兵士達、皆ジークベルトの兵士達により絶命していた。他の兵士達も無言で俯いている。


「ま・まさか・・・。」

ヨハネスは声を震わせた。


「・・・どうやら私達が戦っていた相手は『マリネス王国』の兵士達だったみたいだ・・。」

ジークベルトは唇を噛み締めながら言った。


「まさか・・魔術を使って・・・?」


その時である。

「レ・レイリア様?!」

護衛のミハエルの驚く声が聞こえた。


「何だって?!」

ジークベルトは驚いて振り向くと、そこにはレイリアが震えながら立っていた。


「お・・・お父様・・・。」

レイリアは震えながら目に涙を浮かべている。


「レイリア!!何故ついてきたのだ!」

ジークベルトはレイリアに駆け寄ると両手をしっかり握りしめて言った。


「ご、ごめんなさい。私、どうしてもお母様に貝を拾ってプレゼントしてあげたかったの。だから馬車の幌の中に隠れていて・・・。」

グスッグスッとすすり泣きながらレイリアは言った。


「すまない、私がいけなかった。きちんとレイリアに話をしていればこのような事にならなかったのに・・・。でもここは危険だ。」

そして兵士達に言った。


「皆の者、このままここにいては危険だ。一度国に帰り態勢を立て直す事にする。」

その時であった。


「そうはさせぬ・・・・。」

まるで地の底から聞こえてくるような恐ろしい声が響き渡った。


「何奴!!」

ジークベルトはレイリアを背後に庇い、剣を構えた。


ユラリ。

空気が震え、そこに全身を黒いローブで覆われた人物が現れた。いや、姿が分からないので人間なのか、それとも魔物なのか区別はつかない。

その身体は宙に浮いている。


「ようやく会えたな・・・・。我が因縁の末裔よ・・。1000年の間、この時を待ち続けたぞ・・・。しかし先程の戦い、見事であった。さすが『マーヴェラス』の国王だな・・。」


「何故、私の事を知っているのだ・・?貴様は誰だ?」

ジークベルトは剣を構えたまま対峙する。


「フ・・・我はかつてお前の先祖である魔導士によって封印された魔術師だ・・。

ようやく1000年の封印が解け、お前たちを滅ぼす為に蘇った。しかし、あの魔導士も小癪な真似をしてくれる。封印をして近づけないようにしていたのだからな。

それでこの国を利用させてもらった。」


「何?!まさか私の国を狙う為だけに・・・?!」


「話の理解が早くて助かる・・・。その通り、この国は単なる捨て駒だ。」


「貴様・・・・。」

ジークベルトは剣を向けた。

「絶対許すものか!!」


「ほお・・・そのように魔力を使い切った身体で我に勝てると思うのか?立っているのもやっとではないのか?」


確かに言われた通りだった。ジークベルトの魔力は枯渇し、今にも意識を失いそうだった。


「待て!俺がやる!!」

ヨハネスはジークベルトの前に立つと、剣を構えた。


「ほう・・・それは魔剣だな。流石だ。」

感心したように魔術師は言った。


「だが、これは受けられるかな?」

魔術師は右手を上に上げた。するとそこから黒い球体が浮かび上がる。そしてヨハネス目掛けて投げつけた。


「グアッ!!」

黒い球体はヨハネスの腹部に当たり、激しい雷を放った。

倒れ込むヨハネス。


「ヨハネス様!!」

兵士たちが駆け寄ろうとすると、魔術師は右腕を薙ぎ払った。

途端に激しい風が巻き起こり、地面を切り裂く。

「邪魔をするな・・・・。」

ゾッとするような声で魔術師は言った。


「ヨ・ヨハネス・・・。」

ジークはヨハネスに手を伸ばす。


「さて、次はお前の番だ。」

魔術師はジークベルトに向き直ると再び黒い球体を生み出した。


その時である。


「ダメエッ!!」

レイリアが叫んだ。そして魔術師の黒い球体がかき消されたのである。


「む・娘・・・・。お前一体何者だ・・・・?」

魔術師は信じられないと言った声でレイリアに問いかけた。


「やめて!お父様に・・皆に酷い事しないで!!」

そして両手を魔術師に向けた。レイリアの両手から激しい光が迸り、魔術師に放たれた。


「ギャアアアーッ!!」

およそこの世の物とは思えない絶叫が響き渡る。

地面に倒れ込む魔術師。


「お・おのれ・・・。許さぬぞ・・・。お前の魔力を全て吸い取ってやる・・・。」

魔術師は両手をレイリアにかざすと魔力を吸い取り始めた。


「く・・・・。」

レイリアの身体から光がどんどん抜き取られていく。


「レイリア!!」

ジークベルトの悲惨な声が聞こえてくる。


「お・・・お父様・・・。」

こんな所で負けられない!自分も同じように魔導士に両手をかざした。

すると、今度は逆に魔術師の身体から黒い靄が後から後からレイリアによって吸い取られていく。


「グアアア・・・・や・やめろ・・やめてくれ・・・・。」

どんどん魔術師の身体がしぼんでいく。それでもレイリアは魔力を吸い取る事を辞めない。徐々にレイリアの身体が闇に染まっていく—。


やがて、魔術師の身体は煙に包まれ、後には1羽のカラスがそこにいた。


「グワアグワアッ!」

カラスは鳴き声を上げて、飛び去って行った。


「あ・・・・。」

レイリアはそれを見届けると地面に倒れてしまった。


「レイリア!!」

ジークベルトは気を失った娘を抱き上げた。


レイリアの髪は漆黒の色に染まり、着ていたドレスは闇の色に染まっていた―。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る