呪いをかけられた小国の姫は従者と共に旅に出る

結城芙由奈

1-1 プロローグ 幻の王国の姫


— この世界は剣と魔法の不思議な世界に満ちている —


 

 昔々、世界の中心から外れた辺境の地に緑あふれる小さな小国がありました

 この国は広大な森に囲まれ、他国の侵略者達から決して見つかる事はありません

 それゆえ、いつしか【幻の王国】と呼ばれるようになりました

 王国の名前は ≪ マーヴェラス ≫

 これは、この国に住む一人の姫の物語・・・・




「ねえ、婆や。お母様の具合はまだ良くはならないの?」

そう尋ねたのはこの城の姫。色白な肌に薔薇色の頬、波打つプラチナブロンドの髪は腰まで届き、アクアマリンの瞳のそれはそれは美しい少女だった。

姫の名前は「レイリア・ナイトウェイ」先月10歳になったばかりである。


「そうですねえ・・・。お妃様は大変お身体が弱いお方ですので、ご心配されてしまいますよねえ・・・。」

婆やと呼ばれた初老の女性、メアリ・ハドソンはレイリアの着替えをさせながら返事をする。メアリはレイリアが産まれた時からずっと彼女の母親代わりのように身の回りの世話をしてきた女性である。


「お母様、無事に赤ちゃんを産むことが出来るかしら・・・。もっともっと私神様にお祈りしなくちゃ。また教会に行かせて貰えるようにお父様にお願いするわ。」

レイリアは目をキラキラさせながら言った。


「本当に姫は心のお優しい方ですね。婆やは嬉しく思いますよ。」

メアリはニコニコしながらレイリアの頭を撫でた。

「はい、姫。お仕度終わりましたよ。それでは国王様に朝のご挨拶に伺いましょうか?」


「ねえ?婆や。今朝の私の恰好おかしくないかしら?お父様喜んで下さるかしら?」

レイリアは壁に飾ってある大きな姿見の前でクルリと回転してみた。

今日のレイリアが着ている服は、およそ他の国々の姫達が着るようなドレスとは程遠い衣装である。

フリルのあるロングドレスでも無ければ、流行のバッスルドレスでも無い。

パフスリーブが特徴の足首まであるフリルの入った淡いピンク色のワンピースのドレスにボリュームのあるエプロンドレスをその上から着用している。

その姿は姫と言うよりは、ちょっとしたお金持ちのお嬢様だ。


「大丈夫、今日もとても可愛らしいですよ。国王様の喜ぶ顔が婆やの目に浮かびますよ。」

メアリは笑顔で言いながら、その反面心の中で思うのだった。

(本来なら、他の国々の姫様達のように素敵なドレスを着たみたいと思うお年頃だと言うのに、姫様は新しい高価なドレスを強請る事も無く、ドレスを作る時は年に数回程度、しかもそのドレス全てが質素な物ばかり選ばれて・・・。もう少し我儘を言っても良いはずなのに・・・。)

たった10歳なのに国民の為に我慢をするレイリアに心を打たれるのであった。



 < マーヴェラス >王国は他国の侵略を許さない秘境にある平和な国なのだが、その秘境さゆえ、この国だけでの自給自足の暮らしを人々は強いられていたので贅沢を望む事は出来なかった。しかし自然の恩恵により、作物は豊富に実り、森には沢山の動物が住んでいたので決して国民が飢える事は今まで一度も無かった。


 若く立派な国王、病弱だが気立ての良い女王、そして若干10歳ではあるが、美しく心優しい姫を国民は慕い、誰一人として生活に不満を述べる人間はこの国に存在しなかった。まさにここは地上の『楽園』とも呼べる国なのであった―。


 更に他国の侵略を難しくしていたのはその立地条件だけでは無い。

この国には古の時代より不思議な魔力によって守られていた。

言い伝えによると、この国の先代の王は偉大な魔導士であり、自分の死後も永遠にこの国が侵略されないように封印されていたのである。

そして < マーヴェラス >王国と交流できるのは同盟関係を結んだ少数国家のみであった。同盟国には指輪が託され、この指輪を所持する事により、魔法の封印は解かれて入国出来るようになっている。

今の女王もこの同盟関係を結んだ国から輿入れしてきたのであった。

先代が偉大な魔導士であった為、代々この国の王族にはその魔力が引き継がれている。

レイリアの父も、魔力保持者であるがどのような魔力を持っているのかは側近のみしか知られていない。

王族は10歳頃までに魔力に目覚めると言われている。

レイリアの父であり、現国王「ジークベルト・ナイトウェイ」は5歳で魔力を手に入れていた。


「あーあ。私もお父様のように魔力に目覚めていれば、もっとお父様のお役に立てるし、国の人達のお仕事の手伝いをする事が出来たのに。」

レイリアは10歳になったのに一向に魔力に目覚めない自分が歯がゆくて口を尖らせた。


「大丈夫ですよ。婆やは信じております。姫もいつかきっと魔力に目覚めて皆さんのお役に立てる日が参りますよ。」


「ありがとう、婆や。」

レイリアはメアリに抱きつくと言った。

「それじゃ、お父様に朝のご挨拶に行って来るわ。」


レイリアは部屋の戸を開けると、そこにはブラウンの髪の若い護衛の兵士「ミハエル・カート」が待機しており、レイリアを見ると敬礼した。

「お早うございます。レイリア様。本日も大変可愛らしゅうございます。それでは国王様の元へ参りましょうか?」

そして恭しく頭を下げる。


「ミハエルさん、私なら一人でお父様の元へ行けるから大丈夫ですよ?それにこの国は魔導士様が守って下さってるので危険な事は何一つありませんから。毎朝待たせてしまうとミハエルさんだって大変でしょう?」


「レイリア様からそのようなお言葉を貰えるなんて、このミハエル感動致しました。ですが決して気になさらないで下さい。レイリア様の護衛騎士に名乗りを上げたのは他でもない、自分なんですから。レイリア様の元で働けるなんて光栄至極です。」


「まあ、そこまでミハエルさんが言うのなら・・・これからもよろしくお願いします。」


「はい、姫様。それではお供致します。」

ミハエルは深々と頭を下げた。


 王族の執務室の割にはこじんまりとした書斎のような部屋で国王のジークベルトは書類に目を通し、印を押していた。

まだ28歳という若さのジークベルトは父親と言うよりはまだ青年のようにしか見えない。

レイリアと同じ金の髪で、エメラルド・グリーンの瞳は淡い光を帯びているようにも見える。そしてこの光は魔力を持つ人間の証でもある。

国王の側には側近ヨハネス・ブラウンが控えていた。聞くところによるとこの二人は幼馴染でお互いが固い信頼関係で結ばれていると言う。


「お父様!」

レイリアは執務室に入るとジークベルトに駆け寄り、その膝に飛び乗った。


「おはよう、私の可愛い姫君。」

ジークベルトはレイリアを抱きしめると、額にキスをした。


「ねえねえ、お父様。私また教会に行って神様にお祈りをしたいの。お母様が元気になって無事に赤ちゃんを産むことが出来ますようにって。」

レイリアは瞳を輝かせながら言った。


「そうかい、レイリアは本当に優しい子だね。でも今仕事が立て込んでいて、私は教会に連れて行ってあげる事が出来ないんだ。それに城の者達も皆今は忙しくてね。すまないがもう少しだけ待っていてくれるかい?」

申し訳なさそうにジークベルトは言う。


「そう・・・なんだ。それなら仕方ないものね。ごめんなさい、お父様。」

しゅんとした顔で言うレイリアにジークベルトは慌てて言った。


「ああ、すまないね。レイリア。実は近いうちに母さんの国へ行く事になっているんだ。代わりにそこでお土産を買ってきてあげるよ。」


「ええ?それ本当?お父様。」


「ああ、本当だよ。レイリアは貝が好きだったね。何か可愛らしい貝のアクセサリーでも買って来るよ。」


「ありがとう、お父様。大好き!」

レイリアはジークベルトの頬にキスすると膝から飛び降りてヨハネスに言った。

「ご挨拶が遅れてすみませんでした。おはようございます。」

頭を下げるとスキップしながら部屋を後にしたのだった—。


 レイリアが去るとヨハネスは言った。

「ジークベルト・・・本当に『マリネス王国』に行くつもりなのか?」


「ああ。あの国に送った使者が帰って来ないからな。あれ程の手練れだった男だったのに・・・。残念だが多分もう生きてはいないと思う。最近、あの国で嫌な噂が流れてるのは知っているだろう?黒魔術を使って何か儀式が行われてるとなると様子を見に行くしかないさ。」


「だけど、何もお前が行く必要はあるのか?レイリアだっているし、2か月後には子供だって産まれて来るじゃないか。」

ヨハネスは真剣な表情でジークベルトに説得する。


「だから、私が行くんだよ。相手が黒魔術を使うなんて只の人間に出来るはずが無い。もしかすると人間じゃ無いかもしれないだろう?そんな相手に対抗できるのは私しかいないと思うんだ。」


「だけど・・・!」


「第一、あの国は私の妻の国だ。それに・・・やがてはレイリアの婚約者になる皇子もあの国にいる。だからどうしても行かなくてはならないんだ。」


「そうか。お前がそこまで決めたのなら、何も言う事は無い。ただし、俺もお前についていくからな。俺とお前は一蓮托生だ。それに俺の剣術の腕前は知っているだろう?」


「ヨハネス・・・。ありがとう・・。」

ジークベルトとヨハネスはしっかり握手を交わした。


「それで、いつ『マリネス王国』に行くんだ?」


「準備期間があるからな・・・。遅くても半月後には出るつもりだ。」


「分かった。それなら騎士の選定と魔剣、それに魔法防御の装備品の調達は俺がやっておく。お前はそれまで魔力を体内に貯める準備をしておけよ?」


「ああ、分かった。」


 レイリアの知らない所で不穏な動きが起こり始めていたのをこの時のレイリアには知る由も無かった・・・・。





 半月後・・・・土砂降りの雨の中、ジークベルトを含めた騎士達が続々と城に帰還してきた。


「誰か!誰かレイリアを診てやってくれ!!」

多くの兵士たちを引き連れたジークベルトはずぶ濡れの姿を気にもせず毛布にしっかりくるまれたレイリアを腕に抱きかかえている。



そこへメアリが駆けつけて来た。

「まあ!レイリア様ですか?!まさか陛下とご一緒だったのですか?どうりで幾ら探してもお姿が見られないと思っておりました!レイリア様?!もう大丈夫ですよ。婆やで・・・・す・・!」

メアリは言葉を失った。


何故なら、ジークベルトが抱えていたレイリアの髪は漆黒の色に染まり、着ていたドレスも闇の色に染まっていたからであった—。
















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