12

「夜を想うの。いくつもの夜。それで、いつまでも夜に囚われ続けて」


 和室の中に、どっかりと似合わないグランドピアノは、舞香さんの細い指で旋律を奏でながら。まるで歌うみたいに、彼女は言った。舞香さんが購読していた別冊マーガレットから顔を上げた時、彼女は閉じた瞳の隙間から、ぽろんぽろんと、ピアノの擬音と同じ音で、涙を流しているのがわかった。


「なんで泣いてるの?」


「変なこと聞くのね。だって、涙は悲しい時に流れるでしょう?」


「悲しいの?」


「そうだよ、遊馬」


「大丈夫だよ。舞香さんのことは僕が守るから。大丈夫だよ」


 ピアノから離れると、舞香さんは僕のことを抱きしめた。

 

 ——あれ、


 と思ったのに、なんでそう思ったのか、わからなかった。


 でも、今は、いいや。


 舞香さんが泣き止んでくれるなら、僕は喜んで彼女のことを抱きしめ返す。

 今は小さな力でも、きっと彼女を幸せにできるという、過信とともに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る