10

「——え」


 見慣れたスーパー。

 隣にビニール袋。

 ベンチの堅い感触。


 目の前に薫さんが立っている。


 怒ったような、悲しんでいるような、憐れんでいるような。


「二回目」


 それだけ彼女は言った。


「僕は——僕は死んだんじゃ」


 言うと、彼女は、


「戻った。一緒に。戻した」


 そう言った。

 それから、


「電話。出て」


 舞香さんからの着信を知らせる携帯を指さして、短く。


「あ、うん」


 通話ボタンを押すと、すぐに、


「——あ、もしもし。遊馬?」


「うん」


「久しぶり。変わらないね。声」


「舞香さんも」


「誕生日、おめでとう」


「ありがとう」


「メールしたけど。約束、覚えてる?」


「うん」


「今から行くね」


「わかった」


「よかった。本当に。遊馬、あの頃のまま」


「うん」


「じゃあ、あとでね」


 それだけで、通話は切れた。


「行くよ」


 薫さんは言って、スーパーの袋を置き去りにしたまま、代わりに僕の手を取って、無理やりに立ち上がらせると、僕の家に向かう。

 玄関を開けてから、後ろを振り返ると、ガスメーターのところに隠されていた鍵を、薫さんが回収しているのがわかった。

 

 狭い和室に向かい合って立つ。


「いい? これから遊馬くんは、舞香さんの自殺を止めるの。引き込まれちゃ駄目だよ。ちゃんと、理解して。時間は戻らない。過去は今には追い付けない。縛られちゃ駄目。ちゃんと、前を向くの。二人で。わかった?」


「うん」


「大丈夫。遊馬くんならできるから。信じてる」


 ぎゅっと握られた手を、握り返すこともできないまま、ただ、そのぬくもりだけを感じている。


 まるで最後みたいだ。

 そう、思っていた。


「よし。がんばってね」


「ねえ、待っ――」


 言いかけた口に、彼女の口が重なる。


 初めての、キスだった。


「好きだった。じゃあね」

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