「やべえやつじゃん」


 昼休み。二人が昨日やっていたテレビドラマの話をしていて、見たか? と聞かれたので、昨日のエピソードを話したら、原から出てきたのがそれだった。

 僕は頭の中で、それが指しているのは僕なのか彼女なのか考えながら、口角を少し上げ、あいまいに笑ってごまかした。


「アスマぁ、出会いってやつはそういうところにあるんだぜ」


「出会い、ねえ」


「どうせアスマは童貞だろ? 何とかしてでも名前とLINEは聞いとくべきだったな!」


 ばしん、とアタックさながらの強さで肩を叩かれて、うっかりそのまま転げ落ちそうになるのを何とか踏ん張って、


「いやいや……」


 どっちともつかない返事をすると、


「え、経験者?」


 上品な令嬢のように口元に手を添えて、内海はふざけた。


「違う、違う違う」何を必死に否定しているのか、わからなくなりつつも、「そういうんじゃないんだって。ただ、助けてもらって、マック奢ってもらっただけだから」


「普通じゃねえよそんなん。普通はない。ないんだよ」


 そんなものだろうか。

 普通、がわからないのだから、わかるわけもなく。


「俺だったらそのままマックじゃなくてホテル行くなあ」


 ぼそりと原がつぶやいたのをしっかりと聞きとがめて、二人がまた騒ぎ出したから、僕はまた、真ん中でほほ笑む役回りに徹した。


 予鈴が鳴って、席を立つとき、


「ま、もしかしたら、案外、すぐ会えるかもしれないじゃん。そしたら、今度はちゃんと聞いとけよ、名前」


 いたずらっぽく内海が笑って、何か返事をしなくちゃと思った時には、原の肩を叩きながら、ゲラゲラと笑って背中を見せるから、結局、何も言えなかった。


 人と人との別れはひどくあっけないことなのに、人と人が出会うにはきっかけが必要で、そのきっかけというのも、作るというよりは、できるもので、要するに、基本的には八方ふさがりだ。

 それがさらに、二度目の邂逅、となると難しい。

 一度は偶然、二度は奇跡、三度は必然——なんて言葉があるけれど、二度目にして奇跡に繰り上がるほど、困難なことなわけで、思惑や、感情や、僕の一切を置いてけぼりにしたところにそれは在って、だから、もう会えなくてもいいと、思っている自分もいる。


 一度は偶然、二度は奇跡、三度は必然。

 別れは、突然。


 そんなものだ。

 そんなくだらないことを考えて、すぐに、ほら、やっぱり、僕は彼女と会いたいと思っているじゃないかと、自責する。

 恋愛でも親愛でもない。この感情の拠り所はわからない。

 だって。


 だって、彼女は、舞香さんに似ている。

 だから、会いたいと思っている。

 そうだろ?


 ノクターンを弾きながら、そっと涙を流しながら、


「知ってた? 遊馬。いとこはね、結婚できるんだよ」


 別冊マーガレットの、三年続いた連載の、最終回の、最後の一ページの、あのキスシーンの吹き出しの中に、何が描かれていたのかを見逃すくらいの、彼女の、魔法の言葉。


「だから、ね? 遊馬が18歳になったら、迎えに行くね」


 その時の、彼女の顔。


 僕は今も、縛られ続けている。


 来月、誕生日が来る。

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