6
「やべえやつじゃん」
昼休み。二人が昨日やっていたテレビドラマの話をしていて、見たか? と聞かれたので、昨日のエピソードを話したら、原から出てきたのがそれだった。
僕は頭の中で、それが指しているのは僕なのか彼女なのか考えながら、口角を少し上げ、あいまいに笑ってごまかした。
「アスマぁ、出会いってやつはそういうところにあるんだぜ」
「出会い、ねえ」
「どうせアスマは童貞だろ? 何とかしてでも名前とLINEは聞いとくべきだったな!」
ばしん、とアタックさながらの強さで肩を叩かれて、うっかりそのまま転げ落ちそうになるのを何とか踏ん張って、
「いやいや……」
どっちともつかない返事をすると、
「え、経験者?」
上品な令嬢のように口元に手を添えて、内海はふざけた。
「違う、違う違う」何を必死に否定しているのか、わからなくなりつつも、「そういうんじゃないんだって。ただ、助けてもらって、マック奢ってもらっただけだから」
「普通じゃねえよそんなん。普通はない。ないんだよ」
そんなものだろうか。
普通、がわからないのだから、わかるわけもなく。
「俺だったらそのままマックじゃなくてホテル行くなあ」
ぼそりと原がつぶやいたのをしっかりと聞きとがめて、二人がまた騒ぎ出したから、僕はまた、真ん中でほほ笑む役回りに徹した。
予鈴が鳴って、席を立つとき、
「ま、もしかしたら、案外、すぐ会えるかもしれないじゃん。そしたら、今度はちゃんと聞いとけよ、名前」
いたずらっぽく内海が笑って、何か返事をしなくちゃと思った時には、原の肩を叩きながら、ゲラゲラと笑って背中を見せるから、結局、何も言えなかった。
人と人との別れはひどくあっけないことなのに、人と人が出会うにはきっかけが必要で、そのきっかけというのも、作るというよりは、できるもので、要するに、基本的には八方ふさがりだ。
それがさらに、二度目の邂逅、となると難しい。
一度は偶然、二度は奇跡、三度は必然——なんて言葉があるけれど、二度目にして奇跡に繰り上がるほど、困難なことなわけで、思惑や、感情や、僕の一切を置いてけぼりにしたところにそれは在って、だから、もう会えなくてもいいと、思っている自分もいる。
一度は偶然、二度は奇跡、三度は必然。
別れは、突然。
そんなものだ。
そんなくだらないことを考えて、すぐに、ほら、やっぱり、僕は彼女と会いたいと思っているじゃないかと、自責する。
恋愛でも親愛でもない。この感情の拠り所はわからない。
だって。
だって、彼女は、舞香さんに似ている。
だから、会いたいと思っている。
そうだろ?
ノクターンを弾きながら、そっと涙を流しながら、
「知ってた? 遊馬。いとこはね、結婚できるんだよ」
別冊マーガレットの、三年続いた連載の、最終回の、最後の一ページの、あのキスシーンの吹き出しの中に、何が描かれていたのかを見逃すくらいの、彼女の、魔法の言葉。
「だから、ね? 遊馬が18歳になったら、迎えに行くね」
その時の、彼女の顔。
僕は今も、縛られ続けている。
来月、誕生日が来る。
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