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泣き出してしまったものだから、名前も知らない彼女は変に気を遣ってくれて、こそこそと傘を拾いに行って、今更遅いのに僕の頭上にかざして、帰ろうか迷っているのを微塵も隠さない表情でしばらく悩んでから、
「わかった。マックくらい奢ってあげる」
そう言ってまた、むっと腕を組んだ。
「でもこんな格好だから、入れなくても文句言わないでね」
駅前のマクドナルドは、雨宿りの人、食事をしに来た人、なにかをさぼっている人、様々だった。
幸い入店を断られるでもなく、僕たちはハンバーガーのセットを注文して、二階のテーブル席に移動した。彼女の提案で、あえて傘を捨ててきたのが功を奏したかもしれない。
ピンク色の、隅っこにクマのイラストが縫われた小さいハンカチで髪や服をぬぐいながら、彼女はたまにポテトをつまんで、コーラを流し込んだ。それはまるで、一人だけ時間の流れが違うように見えて、せわしなく思ったし、でも、全然知らないのに、彼女らしいとも思えた。
生き急いでいるように、見える。
僕とはまったく逆の方向へ、未来へ、縛られているみたいだ。
遠い約束が、僕とはまったく逆の方向に、あるんだろう。
「遊馬です。17。さっきも、これも、ありがとうございます」
包装を剥いだままずっと持っていたハンバーガー越しに、彼女に言うと、
「キモチワル」
と、また彼女は言った。
どうして? と聞くと、
「名乗ると、次があるみたいじゃない。私と君は、今回限り。でしょ?」
そう言われて、そうかも、と思った。
それから、自分でもそれを期待していたような気がして、また、不思議に思った。
でもたぶん、頭の中では、いや、心の内では、たぶん、理解している。
彼女の声は、舞香さんによく似ていた。顔も背格好も服の趣味も全然違うのに、少し、僕は舞香さんを重ねて彼女を見ていた。——ような、気がする。
「そうですね。そうでした」
ようやく濡れているのをあきらめた彼女は、同じようにハンバーガーを手に取って、すぐにひと口頬張ると、もぐもぐと口を動かしたままの流れで、
「災難だったね」
何を指してか、そう言った。
僕はなんだか、今までの人生のすべてを見透かされたような気になって、急に、いたたまれなくなった。
「俺、これ食ったら帰ります。お金も返します」
「え、いいよいいよ」
制止する彼女に首を振って、
「だって、奢ってもらったらそれこそ、次があるみたいじゃないですか」
言うと、彼女は少し考えてから、確かに、とつぶやいた。
「じゃあこうしよう?」すっと、細い人差し指を、少し斜めに伸ばして、「ここは私が奢る。でも次の約束なんてしない。でも。でももし会えたら、その時に何か返して」
——もし、会えたら。
「わかりました」
妙な言葉を使う人だな、と思った。
名前を名乗ることを拒否して、今回限りだと明言したのに、どこかで、次があったらいいなと思っているような、そんな言い方。
なんて、僕は何を期待しているんだろう。
もし、また会えたら。か。
「次すれ違った時。街の中で。朝の道で。夕暮れの曖昧で。もし君が私に気付けるようだったら、声を掛けて。たぶん、それが私は一番、うれしいと思うから」
しばらくはこのあたりにいると思う――と言って、彼女は笑った。
それはすごく、無邪気で、子どもっぽい、屈託ない笑顔だった。
そう、見えた。
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