3
「誰?」
女の子はまっすぐに僕の眼を見ながら、僕の質問を真正面から受け止めた。
「誰が?」
でも返答は斜め上に、それこそ傘みたいに、どこかへ消えていった。
歳は同じくらいに見えたけど、制服は着ていなかった。首元を隠すくらいの長さのハーフアップツインの前髪はぱつんと切り揃えられていて、しかもせっかくのセットの時間が全く無駄になったようにずぶぬれで、なんだか急に、その滑稽さがおかしくなって、僕は、馬鹿みたいに笑えて来た。
全然、面白くなんてない。面白くなんてないのに、なんだか、可笑しくなって、それから、少し、悲しくなった。
突然腹を抱えて笑い出すものだから、きっと女の子はさらに動揺したと思う。
でも僕にはそんなこと、全然関係ない。だって彼女が誰かも知らないし、僕と彼女は全くの無関係な存在だから。僕はずっと世界に一人しかいない。交わることなんてない。誰とも。みんな、死んでしまったから。
だからさっき、やっとその不幸が僕自身に巡ってきたんだ、と思った。
美智子おばさんの葬式のとき。ささやく声。
明久も。千絵も。ついに美智子も。舞香だって戻ってこない。
みんなみんな、あの子のせい。
あの子のせいなんだわ。
「あ、あのねえ」
怒りとも呆れとも取れるような声音だった。快活そうな、少し高い声。猫っぽい目をした彼女にはよく似合う声だ。
「君、周りちゃんと見たほうがいいよ」
むっと腕を組んで、そっぽを向く。
左耳に音符のピアス。その下、付け根のあたりに書き損じたみたいな形のほくろ。少し筋張った首。
「ごめん。ごめんごめん」
「キモチワル」
笑いながら返したものだから、本当に心底そう思っているみたいに顔をゆがめて、彼女は言った。
ようやく落ち着いてきて、
「ごめんなさい。ありがとう」
と言うと、今度は照れくさそうにして、
「別に」
とだけ返ってきた。
ころころと表情が変わる。
内海も原も、いいやつだ。
全然系統も趣味も違うのに、中学の時に僕の学校のバレー部と戦って、その時強かった選手と僕が同じクラスだった、という情報だけで、一緒にいてくれる。お昼に並んで座ってくれる。声を掛けてきてくれる。
でも、僕の矮小な、本当に本当に小さな自尊心のせいで、それ以上にはならないし、彼らもそれを知っているから、潜ってこない。僕のいる、地面のずっとずっと奥までは、手を伸ばしてくれない。
内海も原も、いいやつだ。
それがわかってるから、どんどん、僕だけが劣等感と、僕自身に対する嫌悪感にまみれて、そのせいで、また、距離が開いてしまう。
この女の子は、僕を知らない。
僕も、この女の子を知らない。
だから。
たぶん、可笑しくなった。
手を取られることなんて、もう、二度とないんだと思ってた。
舞香さんがいなくなった日。
美智子おばさんが亡くなった日。
もう僕の手を取ってくれる人はいなくなったんだと、そう、思った。
思ってたんだ。
「——どうしたの?」
ごまかせると思った涙の粒が、雨にまぎれないまま、彼女に見つかった。
それを恥ずかしがるみたいに、涙は地面に落ちて、水たまりの中へ消えた。
でも、ぽろんぽろんと、あの日の舞香さんみたいに。止まらなかった。
ああ、人と別れるのは、つらいんだ。
それは、知っていたのに。
自分自身との決別には適用されないなんて、どうして思ってたんだろう。
死ななくて、よかったと、僕は初めて。本当に初めて、心の底から思った。
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