3・んんー?

 長島有紀という長門有希役の美少女の巨乳と自己紹介した後、三人で先生が来るのを待っていた。

 正直、SOS団を作るの、もう嫌になっている。

 イヤというカタカナ表現ではない。

 漢字で嫌だ。

「なあ、どうするんだ?」

 八坂くんが小声で私に聞いてきた。

「どうするって言われても」

 あの幸薄そうな先生と、童貞大好きヤリマンビッチが出会ったのなら、結果はどうなったのか?

 もう間違いなく倫理的にやばいことになっている。

 そんな先生が担任というのはなんか嫌だ。

 私たちは長島有紀に目をやる。

 美少女の巨乳の宇宙人役の巨乳の長門有希役の巨乳の一緒にいるだけで敗北感を与えてくれる巨乳の童貞大好きヤリマンビッチの巨乳は、窓際の椅子に姿勢正しく座って静かに文庫本を読んでいる。

 読んでいるのは、涼宮ハルヒの憂鬱。

 私は思いきって聞いてみる。

「ねえ、長島さん」

「長門有希。私のことは長門有希と呼んで欲しい」

 長門有希と呼ぶことを要求する長島有紀さん。

 名前が中途半端に似てるから憶えるのが面倒くさい。

「長門さん」

「有希。涼宮ハルヒは長門有希のことを有希と呼んでいる。小説に倣って私のことは有希と呼んで欲しい」

 ああぁー、ややこしいー、めんどくさいー。

 気を取り直して。

「有希。涼宮ハルヒの憂鬱、読んだことはあるの?」

 当たり障りのない話からスタート。

「一度だけ一通り読んだことがある。でも、途中で発行が止まって、それから興味がなくなった。続編が発行されていたという事実を知ったのは、今日 先生にSOS団に誘われた時。今、内容を思い出すために一巻から読み直している」

「そ、そうなんだ」

 あの時 ホント長い間 続き出なかったもんなー。

「そ、それで、先生にはなんて言われて誘われたの?」

「ストレートに、涼宮ハルヒの憂鬱を知っていたら、長門有希の役をやらないかと誘われた。

 先生が言うには、雰囲気が長門有希に似ているからだそう。入学式で見かけた時にそう思って目をつけてたとか」

「そうなんだ。それで、その、先生とは、シタの?」

 話がその方向に流れてきたので、私は思い切って質問した。

「……なにをしたのか明確に言葉にしなければわからない」

 一瞬、わかっていて言ってるのかと思ったけど、その目は本気で疑問に思っていた。

「いや、だから、先生の筆下ろしはしてあげたの?」

 っていうか、確実にしてるだろうなー。

 校長でも速攻で筆下ろししちゃうんだもの。

 あの幸薄そうな先生の童貞、絶対卒業させてる。

 だけど、長島有紀さんは少しだけ残念そうな表情をして、

「……それは不可能」

「え? なんで?」

「先生の童貞を卒業させることはもう私にはできない」

 この巨乳には先生の筆下ろしができない?

「いや、だから、なんで?

 あ、そっか。先生が断ったんだ」

 私ったら、この巨乳に誘われたら、男はすぐに股間の前に付いている尻尾を堅くすると思い込んでしまっていた。

 なんだ、あの先生 幸薄そうな顔して分別わきまえているんだ。

 見直しちゃった。

 でも巨乳は首を振った。

「違う。先生が断る以前に、私は申し込んでいない」

「え? え? なんで?」

 この童貞大好きヤリマンビッチが、童貞を目の前にして、筆下ろしに誘わなかったの?

 長門有希役の巨乳は、かすかに悔しさを眼に滲ませながら、

「先生はなぜなら……」

「な、なぜなら?」

 なにがあるというの?



「妻帯者の非童貞だから」



 んんー?

 この人いったいなにを言ってるのかな?

 辛く険しく厳しいオタク道を今もばく進している先生が、妻帯者の非童貞なんてあり得ないのに。

 私は疑念で頭がいっぱいになっていると、先生が部室にやってきた。

「やあ、みんな揃っているね。自己紹介は済んだかい?

 先生がまた一人、SOS団のメンバーになってくれる人を連れてきたよ」

 その人を先生が紹介する前に、私は質問した。

「あの、先生、長島さんが変なことを言うんです」

「いったいどんなことだい?」

「先生が妻帯者の非童貞だっていうんですよ」

「ははは。君たちはもうそんな話をするほど仲がよくなったのか。下ネタはとても仲がよくないと言えないからね。ある意味 良いことだ」

「いやいや、仲良くないですよ。意味不明なこと言うんですから、私にはこの人が理解できません」

「なにが意味不明なんだい?」

「だから先生が妻帯者の非童貞だって」

「その通りだよ」

「そうでしょう。彼女、変なこと言いますよね」

「ははは、彼女はなにも変なこと言っていないよ」

「どこがですか? 先生が結婚できるわけないし、童貞卒業もできるわけないじゃないですか」

「はっはっはっ、先生は今年で結婚十五年目だよ」

 ……ん?

 ちょっと待って。

 先生、さっきからなんて言ってるの?

 私はだんだん先生の発言を理解し始め、そしてそれが完全となったとき、背筋に氷の塊を突っ込まれたかのような悪寒が走った。

 先生は涼宮ハルヒたちをリアルの嫁だと思い込んでるんだ!

「先生! しっかりしてください! 涼宮ハルヒはリアルじゃないんです! フィクションの嫁はリアルには存在しないんです! いくら涼宮ハルヒが好きだからってフィクションとリアルを一緒にしちゃダメです! 涼宮ハルヒも長門有希も朝比奈みくるもリアルには存在しないんです!」

「ははは、君はなにを言っているんだい? フィクションの話じゃないよ。生身の妻だよ」

「フィギア?! フィギアですね!」

「いやいや、等身大の人間だよ。ははは」

「抱き枕ですか!?」

「わかったわかった。写真を見せるから」

 先生はポケットから写真入れに入れてある写真を出した。

 そこに写っていたのは、上品な感じの和服美人。

「……え?」

「どうだい? 綺麗だろう。妻は僕より二つ年上なんだ。姉さん女房と言うことになるんだね。

 華道、茶道、書道の三つの師範をしているんだよ。家庭のこともしっかりしていて、僕には過ぎた妻さ。

 妻のおかげで僕は幸せ者だ」

 どういうこと?

 先生の奥さんの写真?

 お、落ち着くのよ、私。

 理性を失うな。

 この写真に写っているのはこの女性 一人だけだ。

 だから先生の奥さんだという証拠にはならない。

 もしかすると、お店で買った写真かもしれない。

 それとも、隠し撮り。

「あ、あの。二人で写っている写真はありますか」

「いや、二人だけというのはないな」

 や、やっぱり。

 先生、現実の女の人をストーカーしているんだ!

 ど、どうしよう?

 全身から嫌な汗が噴き出る。

 先生は幸せそうな笑顔で、

「家族五人、みんなで揃った写真ならあるよ」

「……え!?」

 全てが理解の範疇を超えていた。

 そして見せてもらった写真に写っていたのは、先生と女の人の他に、子供が三人。

 三人とも利発そうな子だ。

「一姫二太郎なんだ。上から、長男ハルヒコ、長女ハルヒ、次男ハルキだ。名前の由来はもちろん涼宮ハルヒ。ハルヒは君と同じ名前だね。ははは」

 お、落ち着け、私。

 でも冷静さを私は失おうとしている。

 いったいこれはどういうことなの?

 この幸薄そうな先生に、素敵な和服美人の奥さんに、利発そうな三人の子供?

 幸薄そうな先生が結婚十五年?

 素敵な奥さん?

 三人の子供?

 わからない。

 わからないよ。

 私には目の前の現実が理解できなかった。



 八坂くんがなんとも言えない表情で、

「あのー、涼宮さん。さっきからなんか先生にとてつもなく失礼なこと連発してるよ。先生がまだ気付いていないうちに、止めた方が良いんじゃ」

「だって八坂くん、あり得ないよ。こんなこと現実にあり得ない。辛く険しく厳しいオタク道を今もばく進している幸薄い先生が、妻帯者の非童貞で幸せな家庭を築いているなんて。しかもこんな超美人と」

 先生がデレデレした顔で、

「そうだろう、そうだろう。僕の妻は美人だろう。ははは」

 八坂くんが私から写真を先生に返して、

「ええ、本当に綺麗な奥さんで、うらやましいです」

 とか話を合わせていたけど、私は途方に暮れていた。

「あり得ない。わからない。なにが起きてるの? 私にはいったいなにがリアルでなにがフィクションなのかわからないよ。これはリアル? それともフィクション? ホワーイ?」



 十分後、私は先生に、本気と書いてマジと読むマジ失礼な発言を連発していることをようやく理解して止めた。



「それじゃあ、新メンバーの紹介だ。入ってきてー」

 先生が廊下の方に声をかけると、その人は部室に入ってきた。

 その人物は……



 長くなったので次回に続く……

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