2・長門有希

 放課後、私は八坂くんと一緒に文芸部の部室に向かった。

「あははは。なんだか大変なことになったね」

 笑う八坂くんに、私は肩を落とす。

「笑い事じゃないよ、八坂くん」

「でも、俺はけっこう楽しみだな。みんなで不思議なことを探すのって、青春してるって感じがして。友達もたくさんできそうだし」

 八坂くんは純粋に楽しそう。

 そんな八坂くんを見ていると、私もまんざらではなくなってきた。

「そうよね。青春はちょっとイタい位がちょうど良いよね」



 先生の話では、長門有希の役に当てはまる人にはもう声をかけていて、オーケーをもらったとか。

 文芸部室で待っているそうだけど。

 そして文芸部室。

 小説じゃキョンがドアを開けると、そこに長門有希がいた。

 リアルでは長門有希の役をする誰か。

 その人はどんな人なんだろう?

 私はそんなことを考えながらドアを開けた。

 すると そこには、

「デッ! デカイ!」

 巨乳がいた!

 窓際の席で本を読んでいる文学少女風の美少女の巨乳だ!

 私は精神に大ダメージ!

 自分のペッタンコじゃ勝ち目などない。

 すさまじい敗北感が私を襲う。

「シクシク……シクシク……」

「貴女はなにをいきなり泣き出しているの?」

 美少女の巨乳が無表情で聞いてきた。

「戦わずして敗北したと理解したからです」

「意味がわからない」

 八坂くんが私に、

「あの、そんなに落ち込むことないよ。大きければ良いってもんじゃないから」

「私、なにに負けたのか言ってないよ。それなのに八坂くん、なんの勝負か理解してるじゃん……シクシク……」

「いや、それは、その……」

 気まずそうな八坂くんに、唐突に美少女の巨乳が眼前まで迫った。

「貴方……」

 無表情に、しかし眼だけはギラギラとさせて、美少女の巨乳は言った。

「貴方は童貞ね」

「うぇええ!」

 八坂くんは変な声を上げた。

「いきなり何を聞いてくるんだよ?!」

「質問しているのではない。断言している。私は鼻が良い。童貞かどうか臭いでわかる」

「なんだよその変な特技?!」

 私は泣くのを止めて、

「え? 八坂くん、童貞なの?」

「涼宮さんなんで瞳をキラキラさせてるの?!」

 美少女の巨乳は無表情のまま鼻息を荒くして、

「童貞は健康によくない。童貞が許されるのは中学生まで。今すぐにでも童貞を卒業するべき。だから私が筆下ろしする」

「いきなりなにを言い出すんだ!」

 美少女の巨乳の発言に、八坂くんは発情しないで、なんか引いた感じ。

 よかった。

 ヤらせてくれる女に、すぐ股間の前の尻尾を振るような男の子じゃなくて。

 美少女の巨乳は誇らしげに語る。

「私は人生を童貞の筆下ろしに捧げると誓った。中学時代に筆下ろしした童貞の数は百五十三人」

「百五十三人?!」

「高校に入学した記念すべき今日も、また一人 筆下ろししてあげた」

「ちょっとまったらんかい! 今日入学式しただけだぞ! それなのにもう一人喰ったっていうのか!?」



「あー、なにやら騒がしいが、なにかあったのかね?」

 ドアのところに校長がいた。

 私、この校長 なんか苦手なのよね。

 頭はバーコードハゲだし、メタボで脂っこくて、いかにもスケベ親父って感じ。

 入学式の時、ピチピチの若い女子高生を見てニヤニヤしてたし。

 スケベ心、隠そうともしないのよ。

 あれ?

 でも今はそんな感じがしない。

 瞳は清らかで、表情は爽やか。

 教育者として理想的な印象がある。

 その校長は美少女の巨乳を崇拝の瞳で、

「聖女様、何か問題がおありでしたら、私に申しつけください。私がたちどころに解決して見せましょう」

 聖女って……まさか……

 八坂くんが美少女の巨乳に、

「おまえが今日喰った童貞って校長なのかー!?」

「五十四年分の童貞ザーメンを出してあげた」

 校長、五十四年間も童貞だったんですか。

「おまえそんなことして良いと思ってんのか!? 教師と生徒が関係持っちゃまずいだろ! 百五十三人もやってその上 校長まで! ヤリマンビッチって言われても文句言えないぞ!」

「あー、キミキミ」

 校長先生が温和に八坂くんを止める。

「彼女に責任はない。全ては五十四年もの永きの間、童貞だった私の不甲斐なさが原因なのだ。

 高校の教職に就いたのも、女子高生にセクハラするためという不純な動機だった。

 あまつさえ、あわよくばエロゲーのようなことをリアルでやろうと、女子生徒の弱みを握るチャンスをうかがっていたものだ」

 私は即座に校長から物理的に三メートル ドン引きした。

「マジですか」

「まあ、そんなチャンスは終ぞなかったのだが」

「チャンスがなくてよかったですね。マジでやってたらお務めしたあと 社会的に抹殺でしたよ」

「それもこれも全ては私が童貞であったがゆえん。

 しかし、私は聖女様によって救われた。

 聖女様に五十四年間もの童貞を卒業させていただいた私の心に満ちるのは、穏やかで清々しい気持ち。

 彼女はヤリマンビッチなどではない。

 その聖なる身体で全ての童貞を救ってくださる聖女様なのだ!

 ああぁ! 全ての童貞に聖女様の祝福を!!」

 校長は感極まったように美少女巨乳の前に跪いて祈りを捧げ始めた。

 美少女の巨乳は無表情なのに、誇らしげな眼でVサインをして、

「ちなみに校長にSOS団の発足を認可させたのは私の功績」

 私は校長に聞く。

「そうなんですか?」

 校長は何事もなかったかのように立つと、

「うむ。君たちの担任教師が聖女様と一緒にSOS団発足の話をしてきたのだが、正直その時の私は反対だった。

 フィクションの部活を実際に作ろうなどとは。学校は遊び場ではないと、怒鳴りつけてしまった」

「まあ、普通そうですよね」

「しかし聖女様が私と二人きりになりたいと言ってね。ちょっと期待して……いや訂正する。物凄まじく期待して、君たちの担任教師を退室させた。

 そして聖女様に、たっぷり時間をかけて、五十四年分の童貞汁を出し尽くしていただいたのだよ」

「うん、そうだろうと予想は付いてました」

「聖女様に邪悪で鬱屈した欲望を全て放出していただいた私は、生徒たちの青春を純粋に応援することができる、大らかな人間へと変わっていたのだったのじゃった」

「だったのじゃったじゃねーよ、バーコードハゲのメタボ」

 と、私。

 もう突っ込みどころが多すぎて、言葉使いを考えることもできない。

 しかし校長は気にする風でもなく、

「では 君たち。困ったことがあればいつでも私に言いなさい。

 そして聖女様と共に過ごす青春の時を大切にするんだよ。

 では 私はこれで」

 そして校長は退室した。

「「……」」

 沈黙する私たちに、美少女の巨乳は、

「自己紹介がまだだった。私は長島有紀。私が長門有希の役をさせてもらう」



 宇宙人役は童貞大好きヤリマンビッチでした。

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