14話 坂の上
逃げる桜は坂を登り続けた。
息も切れ、足も重くなり歩みも遅くなっていたが、小さなユウは構いなく手を引っ張る。
さすがに桜も疲れ果て、小さなユウの手を振りほどいて立ち止まった。
「ま、待ってよ、ユウくん」
膝をつきながら、坂の下をちらりと見てみると群がる鬼たちを赤彗丸を着たユウが鬼たちを食い止めている。
赤彗丸は強かったが数の多すぎる鬼たちに次第にユウも押されているようだ。
ダメかもしれない……
桜の頭にそんな言葉が浮かんだ時だった。坂の先に光が見えた。
「桜っ!」
延々と続いていた坂の上から顔を出したのは大蛇となった白蛇だった。坂の上からさらに延々と長い胴体が続いている。
「白蛇?」
白蛇の巨大な頭が桜の目の前まで降りてきた。
「なんか なんかさっきより大きくなってない……?」
「ここまでたどり来るために少々無理をしたのだ。それより、早く我の頭に乗れ」
「なら、この子も一緒に……」
桜は小さなユウを抱えると先に白蛇の頭に乗せた。その後、桜も白蛇の頭の上に這い上がる。
「では、外へ戻るぞ」
「待って、白蛇! 下でユウが鬼たちを食い止めてくれてるの」
「ユウ……?」
「ほら、赤い鎧を身に着けた……」
「ああ、土地神さんとこの付喪神かぁ。仕方ない」
白蛇は、頭を下に向けると鬼たちを食い止めているユウに向かい始める。
一方、鬼たちを倒していたユウだったが、疲れが見え始めていた。頼みの赤彗丸の妖力もかなり消費している。それでも鬼たちの数は減ってはない。さらに後ろから鬼の群れをかき分けて大柄な黒鬼が追ってくる。その肩には"蓮足の姫"が担がれている。
「待たぬか! 桜! その首掻っ切ってくれる!」
桜と同じ顔のはずだがその形相はもはや鬼に近い。
こいつは刺し違えてでも必ず止めないと……
そう直感したユウは覚悟を決めた時だった。
「ユウ!」
坂の上から声がした。
声のする方を見ると大きくなった白蛇の頭に乗った桜がものすごい勢いで降りてくる。
「桜ねえちゃん? 白蛇?」
驚くユウの目の前に白蛇の頭が降りてきた。はずみで鬼の群れも吹き飛ばしていく。
「早く乗って!」
「お、おう」
ユウは白蛇の頭に乗った。
ユウを乗せると白蛇は大声で叫んだ!
「いまだ! 玉兎! ひっぱりあげろ!」
それを合図に白蛇の胴体はものすごい勢いで坂を引き上げられていく。鬼たちはそれを懸命に追いかけたが追いつくことができない。
その中で姫を担いだ黒鬼だけが追いついてくる。
「桜! 首を、その首をよこせえ!」
黒鬼の背中から手を伸ばした姫が桜の髪を掴んでひっぱった。白蛇の頭から振り落とされそうになる桜。
その時、ユウが桜の髪を刀で切った。
髪を掴んでいた姫は、勢い余って坂の下へ転がっていく。
やがて坂の上が見えて来た。
「息を止めて、しっかり捕まっていろ」
白蛇の胴体は坂からひっぱりだされた。
ところが坂の上と思われた場所は、湖の中にいた蓮足の胴体。白蛇は蓮足の胴体を食い破って中へ顔を突っ込んでいたのだ。
水の中を必死に白蛇の頭にしがみつく桜。
子供のユウの手が白蛇の頭から離れた。それを桜が、とっさに右手で掴む。だが桜の左手は白蛇の鱗にわずかにかかっているだけになってしまう。
「そりゃ、ひっぱれえ!」
玉兎の掛け声で集まった妖怪たちが白蛇の尻尾を一斉に引っ張り上げていた。
窮鼠が呼んできた連中だ。その中には、小柄な窮鼠でさえも混じっていた。
さらにはあれほど爬虫類が苦手だと言っていた水城でさえも白蛇の鱗をしっかりと掴み妖怪たちと一緒に尻尾をひっぱっていた。メガネが大きくずれていたがそんなことも気にしない。
「ほいら! もう少しだ! 引っ張れえ!」
掛け声と共に妖怪たちも力が入る。
白蛇の頭から振り落とされそうになっている桜が水底を見ると蓮足の本体が見えた。巨大な肉の球根のようなものから根っ子の様に巨大な触手が四方に伸びていた。だがその胴体は白蛇に食い破られ傷となり血のような黒いものが吹き出している。そのせいなのか蓮足の巨体は湖の底へどんどん沈んでいった。
もう蓮足は追ってこない
そう思ったのもつかの間、水面に向かって引っ張られていく白蛇の勢いが強くなった。あまりの勢いに水の中では桜は振り落とされそうになってしまう。
おまけに右手で白蛇の頭から振り落とされた小さなユウの手を握り、白蛇を掴んでいるのは片手だけだ。さらにまずいことに掴んでいた鱗が剥がれてしまう。
水流にさらわれ流される寸前だった! がっしりと赤彗丸を着たユウが桜の左腕も掴んだ!
離さんぞ! しっかりつかまっておけ!
水の中でそう聞こえた気がした。
ユウの手が桜の手を強く握る。
桜もその手を強く握りしめた。
やがて上の方から水面が近いのか眩しい光が見えた。
光がさらに大きくなった時、桜たちは水の外に投げ出された。
気がつくと桜は病院のベッドにいた。
どうやら何かの事故に巻き込まれてここに運び込まれたらしい
目の前には見覚えのある誰かが心配そうに覗き込んでいる。
ユウだ。見た目は赤彗丸を着ていたユウだが着ているのは中学生の制服だ。背も若干高くなっている気がする。
「よかったぁ。桜ねえちゃん。僕、心配したわ」
「ユウくん? その格好……白蛇は? 水城さんは?」
「僕のいるときはそんな人ら来てへんな。友達?」
「赤彗丸は? 付喪神の」
「ねえちゃん、それもしかしてゲームの話か? 寝ぼけとる?」
何か様子がおかしい。
いろいろと話を聞くと桜は車の事故か何かで病院に運ばれたというのだ。
桜の母親は荷物の取りに一旦家に戻っているという話だった。
「事故……?」
「そうや、自転車がひどいことになってるらしいで。ねえちゃんよく骨も折らんかったなあ。よかったで。ん? どうした? ねえちゃん?」
気がつくと桜はユウの手を握り泣いていた。ユウは慌てたが、桜は涙を止めることができなかった。
やげて5年分は流したと思うくらい涙が出たあと、落ち着いてユウと会話をした。
話を聞いていると、なにがどう混乱しているのか桜の記憶と大きな喰違いがあった。
しかも不思議なことにユウは五年前に行方不明でなかったことになっていた。桜の方には、ユウが行方不明なっていて過ごした記憶しかないというのにだ。
ユウの話す思い出は一切知らないことだった。
疲れた桜は、ままでのことが夢なのか現実なのかわからなくなったまま眠りについていった……。
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