10話 迷いの乙女は黒い湖へ向かう

 かつて土地神のいた大きな湖だと言われていた。

 けれど、目の前にあるのは巨大な窪みだ。

「本当に、ここが蓮足のいる湖?」

 水城がむき出しの岩場を見つめて言った。

 土地神との約束で蓮足のいる湖にやってきた桜たちだったが目の前にあるのは水がすべて干からびた湖の跡だった。

「湖だったのは間違いないわ。見て」

 窪みの諸口に降りた桜が足元の石を拾い上げるとそう言った。

「苔がついてる。まだ水気があるから少し前まで水があった証拠よ」

 桜は右腕を上げると白蛇に顔を近づけた。

「ねえ、白蛇。あんた何か知らないの?」

「わからん。蓮足が全部飲み込んでしもうたか、どこかに流れていったか……とにかく、こんなことは初めてだな」


 その時だった。

「おーい! 誰か助けてくれーっ!」

 桜が声の方に行くと見覚えのある小ネズミ妖怪が泥にハマってもがいていた。

「あんたは……」

「ああ、人の子。俺をすくい上げてくれ」

「あんた、私達を罠に嵌めたでしょう」

「いやいや、誤解だって。俺にはそんな気はなかったんだよ。たまたま人影どもが集まっていただけなんだ」

「本当かしら」

 疑いの眼で旧鼠を見る桜だったが、そのうち気の毒になりすくい上げてやった。

「助かった……すまんな。人の子。この恩は忘れないぞ」

「いいわよ」

 そう言って、その場から去ろうとする桜だったが、旧鼠が追いかけてきた。

「待ってくれ。人の子さん。あんたは、蓮足様のところへ行きたいんだろ? なら俺が案内してやる」

「あんたねえ、案内してやるって言って騙したじゃないの」

「今度は本当だよ……あ」

「ほら、やっぱり騙してたんだ」

 そうこうしていると白蛇や玉兎たちがやってきた。

「何をしてるかと思ったら、こいつあの時の小ネズミ妖怪ではないか」

「ひえっ! 玉兎!」

 旧鼠は玉兎に捕まった。

「こんどは、何を企んどるんじゃ? ん?」

「なにも企んではおりません! この人の子さまに助けられまして、それどころか恩返しをしようとしていたところでございます」

 玉兎はへりくだった態度で玉兎にそう言った。

「本当か? 桜よ」

「あ……うん、泥から助けたのは確かだけど」

 白蛇が桜の左腕に巻き付く。

「妖怪を迂闊に信じるなよ」

「うん……そうだよね」

 とは言うものの桜には旧鼠が嘘を言っている気がしなかった。

「これは、食えそうもないな」

 そう言うと旧鼠が背負っていたバックパックを取り上げると放り投げた。それを水城が受け取る。

「玉兎の旦那、頼むから喰わないでくれよ!」

 旧鼠は必死に命乞いをしたが、玉兎は食う気満々だ。それが証拠に口からよだれがたれている。

「旦那! あんた兎だろ? 兎なら草か人参を喰ってろよ!」

「姿が兎に似ているだけだ。わしは肉が大好きじゃ。それも新鮮な肉はな」

 旧鼠は暴れたが巨漢の玉兎に捕まっていてはどうすることもできない。

「なにこれ!」

 突然の声に振り向くと旧鼠が持っていたデイパックの中身を漁っていた水城だった。

「桜、こいつ、コンビニの商品とか持ってるよ」

「コンビニの?」

「うーん、食べ物以外にもガラクタがたくさん入ってるみたい。あら? これ」

 中には見慣れた物が沢山入っていた。

「ちょっとチョコレートよ。それにコンビニおにぎりだ。賞味期限は……うそでしょ? 食べれるじゃない」

「おい! 俺のだ! 勝手に触るな!」

「 オッケー。一体、どうやって盗んできたのかしら? でも……にひひひ」

 コンビニおにぎりとチョコレートを手に不敵な笑いを浮かべる水城。

「ねえ、みんな。ここらでお昼にしない?」

「それはいい。ではお先に頂くとするか」 

 あんぐりと大口を開けた玉兎が旧鼠を飲み込もうとした時だった。桜が止めに入った。

「玉兎、待って!」

「あん? お前も食べたいのか? なら半分にして……」

「違うわ。とにかく待って。そいつと少し話したいの」

「ふむ……」

 桜の言うことを聞き、飲み込むのを止めた玉兎が旧鼠を桜の目の前まで降ろした。

「ねえ、あんた。本当に私たちを蓮足のところへ連れていけるのね」

「ああ、蓮足様の行かれた場所はわかっている。俺の呪法でそこまでたどり着ける」

「なら、助けてあげるわ」

「ありがたい! 約束は守る。必ず連れて行く」



 * * * * *



 一行は適当な場所を広げると各々座り込んだ。

「はいよ、桜」

「ありがとう」

 シーチキンマヨおにぎりを手渡され礼を言う桜

 向かいに座るユウがおにぎりをじっと見ているのに気がついた。

「食べる?」

 桜はユウにおにぎりを差し出した。

「くれるのか?」

 頷く桜はユウにおにぎりを渡す。

 ユウはおにぎりを物珍しそうに見つめているとそのまま口に入れようとした。

「ああ、だめだめ」

 桜はおにぎりを取り上げるとビニールの包みを取ってやった。

「はい」

 おにぎりを受け取ると嬉しそうに頬張るユウ

「美味しい!」

 その様子を見て桜は微笑む。

「でも、どこかで食ったことのある味やな」

 ユウは小首をかしげた。


「玉兎さまも食べる? おにぎりだよ」

 水城は、玉兎にもコンビニおにぎりを差し出した

「おお、ありがたい。人の食い物は珍しいからのう」

 水城もビニールの包みを外して玉兎に渡した。

「はい、梅干しおにぎりだよ」

 玉兎はおにぎりに鼻を近づけてヒクヒクさせると一口で頬張った。その途端、なんともいいえない顔つきになる。

「す、すっぱい」

「あはは! 玉兎さま、梅干し苦手なんだね」

 その顔を見た水城は大笑いした。

 桜もつい笑ってしまう。

「ほう、おまえが笑うのは珍しいのう」

 白蛇が静かにそう言った。

「たまには笑うよ。何よ、笑ってるかどうかもわからない顔してるくせに」

「うるさいわ。蛇とはそういうものなのだ」

 ユウは旧鼠のデイパックの中にあったガラクタを物珍しそうに漁っている。

「おい、ネズミ。お前はずいぶん物を集めているんやな」

「はう。こういうものを蓮足様にお持ちするとたいそう喜ばれるんですよ」

 ユウは旧鼠の集めたガラクタに興味津々だ。

 特にロボットアニメのフィギュアには感心を示していた。

「これはいいな。欲しいわ」

「ええ! 勘弁してくださいよ。これは蓮足様への大事な献上の品なんですよ」

「いいじゃないか。他にもあるし、一個くれよ」

「しかたがないっすねえ。でも大事にしてくださいよ」

「ありがとうな、ネズミ」

 ユウは。嬉しそうにロボットのフィギュアを手にとった。喜ぶユウの様子を見ながら桜は、昔を思い出していた。

 その時だった。

 突然、桜のスマホが着信音が鳴り出した。

「あっちの世界と通話できるのかな?」

 戸惑う桜は、水城にそう言った。

「わかんない。誰から?」

「非通知」

「とにかく出てみなよ」

 電話を取ってみる桜。

「もしもし……」

 声をかけてもおかしな言葉しか帰ってこない。

 ユウが反応を示す。

「それ蓮足だ」

 皆が驚く。

「なんで蓮足が?」

「わからないけど、それ蓮足だぞ。関わるのはやめといた方がええわ」

 桜は恐る恐る相手に訊ねてみる。

「あなた誰ですか?」

 すると雑音の中から何か小さな声が聞こえてくる。

 耳を澄ませて聞いてみる

「どうしたの?」

 水城が戸惑いながら訪ねた。

「よくわからない。でも、おかしな事を言って切れちゃった」

 桜は、スマホを切ると神妙な顔つきで水城を見た。

「待ってる……って言われた」

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