9話 百鬼夜行
いつの間にか桜たちを妖怪が取り囲んでいた。
「その人の子に用がある」
妖怪たちの中の一番大きな体をした一つ目の妖怪が言った。
「何の用だ? この人の子を喰うのか?」
白蛇と玉兎が桜の前に立つ。
「いや、食わんよ。聞いた話によるとその人の子があの
「それは本当か? 桜」
玉兎が眉をしかめて桜を見下ろす。
「そんなわけないよ。
「それはどうかな」
一つ目の妖怪が何かを懐から取り出すと手のひらに置き、ふうっと息を吹きかけた。するとなにかの粉が宙に舞ったかと思うと桜にまとわりついた。
粉を少し吸い込んだ時、桜の記憶の中に何かが蘇った。
その時、桜の脳裏では5年前のあの時のことが浮かんでいた。
背後から来る"何か"の姿。
「桜!」
倒れた桜に水城が駆け寄った。
「大丈夫、桜」
ボヤケた視界の中に心配そうに覗き込む水城の顔が見えた。
「水城さん? ここは?」
「異界だよ。私達、異界へ来てる。幼馴染のユウ君を探しに来たんでしょ?」
「異界……」
白蛇が慌てて近寄って来た。
「おい、水城。少し離れていろ」
「え? は、はい」
白蛇が桜の身体に巻き付くと何かの呪文を唱え始めた。すると桜の身体が白く光りだした。
「これでよし」
白蛇が離れた。
「おい! 入道。この人の子にそいつを使うな!」
「思い出させてやろうと思ってな」
「今度やったら頭から飲み込んでしまうぞ」
「わかったよ、白蛇。そう怒るな」
「ふん!」
目を開けた桜が身体を起こした。
「よかったぁ、桜」
「ごめん。なんだか変な夢を見てたみたい」
呆然としながら立ち上がる桜は、白蛇の方を見た。
「ありがとう、白蛇」
「気にするな。お前に憑いている我の役目だ」
「何かおかしな夢を見たみたい。怖い奴が出てきた」
桜を追いかけてきたあれは見覚えのあるものだった。それをなんとか思い出そうとするが肝心な"何か"の姿がはっきりしない。
だが思い出した事がひとつある。
あれは、桜が異界へ迷い込む以前にも出会ったことがある。
「ちょっと、玉兎さま」
水城が玉兎を呼んだ。
「その"蓮足"は、そこの土地神さまを住処から追い出した程、強い妖怪なんでしょ? それを桜にどうこうできるわけないじゃない」
「それもそうだなぁ。だが、それでこの連中が納得するかどうか……」
周囲を取り囲む妖怪たちがざわつき始めていた。
「そもそもその人の子が事の元凶だ」
「そのとおりだ。責任を取らせよう!」
「わしは"蓮足"が現れてきてから住む場所を失った。腹の虫が収まらん。そんな人の子など喰ってしまえ」
周囲に不穏な空気が漂い始める。妖怪たちが今まで溜まった不満が爆発しそうな勢いだ。
「この腐れどもめ! この人の子は我が憑いているのだ。勝手なことを抜かしよりと貴様らの方を喰ってしまうぞ!」
妖怪たちの言い分に怒った白蛇が姿を大蛇に変えた。
「白蛇が怒ったぞ!」
異様な赤い光を放ちながら周りの妖怪たちを睨みつける。それに怯えたのか、妖怪たちのざわめきが収まっていく。桜は、大蛇に変化した白蛇には少し戸惑ったが妖怪たちの騒ぎが収まったことに安堵した。
「白蛇さまってすごいのね。ただの小さな蛇じゃないんだ」
白蛇の妖力を目にして感心する水城。
「あいつは元々、水神だからな。川や湖、水のある場所でなら妖力が増すんだよ」
水城の横にいた玉兎がそう説明した。
白蛇に怯えたいた妖怪たちの中から桜におかしな粉を吹きかけた一目入道が歩み出てきた。
「まあまあ、落ち着け、白蛇の。わしらの多くの者が、その人の子を喰うてもなんの解決にもならんことはわかっておる。つまらん事を言っているのは一部の浅はかな連中だけよ」
一つ目の妖怪がそうなだめると、落ち着きを取り戻したのか白蛇の目の赤い光は収まり始めた。
「わかっとればよい」
「だがな、白蛇よ。"蓮足"を何とかしなければならないことも事実だ。それにはその人の子が大きく関わっておる」
「だが、所詮は人の子だぞ。あの妖怪に何ができわけでもない」
「とは言ってものう……」
その時、桜が白蛇と一つ目入道の間に割って入った。
「私、なんとかしてみる」
それを聞いて白蛇が驚く。
「お、おい。相手は土地神さんを追い払った妖怪だぞ?」
「私がなんとかしなければならない気がするの。それに"蓮足"は、私がここへ連れてきてきまったのかもしれないし」
「やれやれ、何を言い出すかと思えば」
「お願い、白蛇。私に力を貸して」
桜に見つめられ、困り果てる白蛇。
「こんなことになるとはのう」
「ごめん……」
「謝るでない。我は好きでやるのだ」
「じゃあ、助けてくれるの?」
「成り行きじゃ」
白蛇は、桜のそばから離れると土地神の方へ這っていった。
「土地神さん。この人の子は、あんたの要望に答えるそうだぞ」
白蛇がそう土地神に向かって言うと土地神。
「でも、条件があるの!」
桜は、土地神に向かって言った、
「おいおい、今度は何を……」
白蛇が慌てた。
「蓮足に食べられたユウの魂の一部をもとに戻してほしい」
それを聞いていた水城はもちろん、玉兎や他の妖怪たちも驚く。
特に驚いたのはユウだった。
「あの姉ちゃん、何言っとるん?」
覚えのない相手に喰われた魂をどうのこうの言われている。そもそもユウには、魂を喰われた自覚はない。
「ユウの魂をもとに戻す事! それができなければ私はあなたに協力しません!」
桜は、目の前の巨大な妖怪に向かってそう言い切った。
「こりゃ豪気じゃのう。愉快、愉快」
「笑っとる場合じゃないぞ、玉兎」
「なんじゃ、あの人の子が心配なのか? 白蛇」
「5年も居着くと情も移るというものだ」
「これは稀有なことよ。妖怪が人の子に情とは」
「うるさい! 兎め」
「それに理由は、本当にそれだけなのか?」
「あん?」
「おかしいと思っていたんだが、あの人の子に憑いたのは本当に偶然なのか? 何かの理由があって憑いたのではないか?」
「実は、あの人の子には恩義があってのう。あ奴は、覚えてもいないのだろうが。実は……」
その時、土地神が唸り声を上げた。
「おお、こいつは驚いた。桜、喜べ。土地神さんが条件を飲むそうだ」
白蛇の言葉を聞くと桜はにっこりとする。
「ちょ、ちょっと! 桜、それは無理でしょ!」
水城が慌てて駆け寄った。
「"蓮足"って、あの土地神さまを追い払った妖怪なんでしょ? 無理、無理」
「私なら何とかできる気がする」
「それ前向き過ぎ!」
「そんなんじゃないよ。理由はうまく説明できないけれど……」
「とにかく、すぐ謝ろ。それでもってユウ君を連れてすぐ帰ろう。それでいいじゃん」
「だめ! 今のままじゃユウ君はユウ君じゃない」
「病院で見てもらえばいいじゃん。記憶は魂でなく脳に残るものなんだよ」
「記憶だけじゃないよ。今のユウ君は記憶だけじゃなく何かが欠けている。わかるの。今のままで戻ったらきっと苦しむことになる」
「そんな事言っても……」
戸惑う水城の肩を玉兎がぽんと手を置く。
「まあ、心配するな、水城よ。その人の子がここまで言うのだから本当に何かあるのだろうさ」
「玉兎さま……」
「わしもついていってやる。だから大丈夫じゃ」
そう言って玉兎は大笑いした。
「呑気なやつじゃ。まったく頭が痛くなるわ」
白蛇がとぐろを巻きながらぽつりと呟いた。
「お姉ちゃん、何言ってるん? 僕、別におかしいところ無いで?」
ユウが呆れ顔でそ言った。
「しゃあない、僕もついていってやるわ」
「駄目よ! 今度、あんたの身に何かあったら、私……」
「何言っとるの? どう考えても僕より姉ちゃんの方が頼りにならんでしょ?」
そう言って不思議そうに桜の顔を見るユウ。
ユウは鎧兜の付喪神を身にまとい、この5年間、異界で生き延びてきた。さっきは、人影と呼ばれる幽霊のような妖怪たちを見事に倒している。
「わかったわ。でも、危ないことはしないでね」
「またおかしな事、言う取るわ。危険なくして勝利なしやで」
ユウは得意げに答えた。
集まった妖怪たちに紛れてネズミの妖怪・旧鼠がその様子を覗き見ていた。
旧鼠は、蓮足の手下の妖怪だ。
「こりゃ、大変だ。急いで蓮足様にお知らせせねば……」
そうつぶやくと旧鼠は、妖怪たちの足元を走り抜けると蓮足の元へ向かった。
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