8話 土地神さま

 異世界に入った桜は、ユウを見つけることができた。

 けれど、ユウは桜の事を覚えていない。

 おまけに付喪神だという動く赤い鎧を身に着けている。

 一体、5年の間に何があったのだろう……

 桜は、先を歩くユウの背中を見つめて思った。

 赤い鎧をしているせいかユウの歩く足は早い。距離が次第に開いていく。


「どういうことだと思う? 桜」

 桜の横に並んだ水城が聞く。

「私にもよくわからない。白蛇が言うには、魂の一部を妖怪に食べられたからだって」

「魂と記憶はつながっているってわけなのね」

 うまい例えを言うなと桜は思った。

「元に戻るのかな?」

「どうだろう」

 せっかく見つけた幼馴染が桜を覚えていなかったのがショックなのだろう。表情も暗いし返事も素っ気ない。水城は話題を変えることにした。

「そういえば白蛇は? いつも桜の腕に巻き付いているのに」

「姿は見えないけど、一緒にいると思う。存在は感じるから」

「それ、普通?」

「姿は見えなかった時は、いつもこんな感じだったよ。たぶんだけど姿を見せる見せないは白蛇の意思次第なんじゃないかな」

「へえ……」

 水城は感心して桜を見た。

 取材と称した肝試しで心霊スポットへ何度も足を運んだことのある水城だったが、この異界に入ってからは、驚くことばかりだ。何しろ現れる人外の者たちが実際に危害を加えようとしてくるのだから。それに対して桜は驚いてはいるものの感情の大きな起伏はないように思える。

 もしかしたら、桜も魂の一部を食べられているのではないだろうか……

 水城はそう思った。

「ねえ、知ってる? 蛇って臭いで獲物を認識しているんですって」

 水城は再び話題を変えた。

「へえ……犬みたいだね」

「それがね、蛇は鼻ではなくて舌で臭いを感じ取っているんだよ。驚くのはそこからなんだけど、臭いから離れている獲物の種類や位置、大きさまで認識しているんだって」

 水城は続けた。

「不思議だよね。それってまるでレーダーでしょ? いえ、レーダーより精度が高いよ。いったい頭の中で相手をどう捉えているんだろうね。だって私達って目からでないと相手の姿も大きさも位置も認識できないじゃない? でも蛇は目と舌で相手を認識しているんだよ」

 そう熱く語る水城に桜が呆気にとられる。

「あ、ごめん。つい夢中になっちゃって」

 そう言って水城は、照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

「べつに謝らなくでいいよ」

 そう言って水城はニコリとした。

「やっと笑ったね」

「え?」

「うちの母ちゃんが言ってた。笑う角には福来る」

 水城が桜の気分を変えようしていたことを桜は、その時、察した。

「そうだね」

「きっと、"オオモノ"だか"蓮足"だかいう妖怪をなんとかすれば、ユウくんの記憶も戻るよ」

「うん、ありがとう……水城さん」

 水城は、桜の手を握り引っ張ると前を行くユウとの距離を縮めた。


 どのくらい歩いただろう。

 桜たちは、小さな山を越えると目的地の沼にたどり着いた。

「あそこに土地神さまがおる。ああ、足元気をつけてな。下っとるから」

 ユウはそう言うと坂道を跳ねるように駆け下りていった。桜たちもユウについて坂道を降りる。気がつくと足元の地面が湿った土に変わっていた。

 その先には、大きく広がる水辺が見える。波一つない水面は静かで桜たちの土を踏みしめる音さえ響くほどだ。

「ここや」

 赤武者の格好をしたユウは、沼を指差した。

「おーい! 土地神さま。言われたとおり連れてきたぞ」

 ユウが沼に向かって大声で叫ぶと静かだった水面が突然、さざなみ始めた。

「おお、土地神さんにひさしぶりに会えるわ」

 玉兎が水面に向かって右手を手を降ったが姿がまだ見えない。

「ねえ、玉兎さま。土地神さまってどんな姿なの?」

 水城が玉兎に尋ねると玉兎は太い腕を組んで考え込んだ。

「わしよりでかいが……わしよりずっと小さい」

「は?」

 水城は小首を傾げた。

「説明しにくいんじゃ。まあ、見ればわかる。まっとれ」

 桜と水城は、土地神が現れるのを固唾を飲んで見守った。

 すると巨大な水しぶきが高く上がると何か見えた。

 水城がメガネを賭け直して土地神の姿を確かめようとする。

 やがて水しぶきが収まった。

「何、あれ……?」

 姿を見せたのは巨大な首長竜か龍に似た妖怪だった。

 だが、よく見ると無数の蛇のような生き物が絡みついて一個の身体を成していた。身体の表面では、常にそれがうごめいている。顔らしき部分は顔っぽい形と成しているだけで目玉は無い。

「これが、土地神さ……ま?」

 桜は、驚愕の眼差しで目の前の妖怪を見上げた。

「桜、なんか思ってたのと違うね、アレ」

「う、うん」

 二人には、土地神と呼ばれるこの生き物と意思の疎通が出来るとはとても思えないでいた。

「土地神さま。言う通りに連れてきたぞ」

 ユウが土地神に向かってそう言うと土地神は、ゆっくりと桜たちの方へ向かって泳いでくる。

「ご無沙汰ぶり。土地神さん」

 いつのまにか桜の腕に巻き付いていた白蛇が土地神に挨拶した。すると土地神は唸り声をあげた。

「おお、そうか、そうか。我もそう思う」

 どうやら唸り声と思われていなのは、土地神の言葉を発しているらしい。

「言葉わかるの?」

 桜は、白蛇の顔を覗き込んだ。

「あ、あんた言葉わかるの?」

「当然だ。お前、わからんのか?」

「ねえ、本当にあれが土地神さま?」

「あれとはなんだ! 罰当たりめ。それに、お前たちは土地神さまとなんだと思っていたんだ?」

「なにか、あんたたちとも違う感じ」

「そりゃ土地神さまじゃからのう」

「そういうことじゃなくて、種類みたいなものが……」

「土地神さんは、元々は、蛇魂だこんという妖怪一族の群れなんじゃ」

「群れ?」

「そうだ。数万という蛇魂たちが姿を成して最強の妖怪となっている。ただ、以前はもう少し大きかったような気がするが……多分、"オオモノ"と戦って大勢がやられたんだろうな」

 土地神は、首を伸ばして桜たちの方に顔を近づけた。そして聞いたこともない奇妙な声で桜たちに唸り声をあげた。

 何かを語りかけているようだが桜たちには理解できない。桜と水城は顔を見合わせた。

「やれやれ……"よく来た"、とお前たちに言っておる」

 白蛇が土地神の言葉を通訳した。

「"我らは蛇魂。土地神としてこの辺りを取りまとめていた。だが5年前にこちらに入り込んできた余所者の妖怪に負けてここに移り住んでいる"と言っておる」

 "蓮足"のことを言っているのだろう。顔らしき部分に表情はなく、声にも感情は感じられない。

「名を聞いとる」

「私達の言葉、わかるの?」

「ああ、普通に語りかければいい」

 桜は一呼吸おいて土地神を見上げた。

「私は、綾野桜あやの さくら

 桜の後ろに隠れていた水城も勇気を振り絞って話しかける。

水城萌みずき もえです」

「"お前たちにやってもらいたいことがある"と言っとるぞ」

 顔を見合わせる桜と萌。

「"蓮足を連れて帰れ"だとさ」

「連れてかえる? "蓮足"って土地神様を追い払った妖怪でしょう? そんなの無理です。それに連れて帰るって言っても私が連れてきたわけじゃ……あっ」

 桜は、ハッとした。

「どうしたの? 桜」

「もしかしたら私が連れてきたのかも」

「え……?」

 その時だった。

「それが噂の人の子か?」

 背後から野太い声が響いた。

 振り向くと草むらから大きな一つ目の妖怪が姿を現した。一つ目妖怪だけではない。他にも妙な姿の妖怪たちが草むらから次々と姿を現してきた。

「そこにいるのは玉兎か。それに白蛇。何じゃ、お前らが一番乗りか」

「なんのことだ?」

 白蛇が一つ目妖怪に聞き返した。

「ほれ、そこの人の子じゃ」

「こいつは我が憑いておる人間だ」

「玉兎の方はなんだ? お前、門番しとったんじゃないのか?」

「道案内に戻ってきたが、ついでに土地神さんに会っていこうと思ってな。ところでなんだ? この騒ぎは。祭りか何かか?」

「人の子だ。俺たちは人の子に用があるのだ」

 妖怪が桜たちを取り囲んだ。


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