7話 赤い鎧の付喪神

 人影たちを蹴散らした赤武者の鎧が外れて姿を現したのは五年前、異界で消えたユウだった。身長は少し伸びた以外は昔の面影を残したままだ。

「あなたユウくんよね!」

「姉ちゃん誰?」

「わたしよ。桜。覚えとらんの?」

「そんなん言われても……」

 ユウは肩をつかんで迫る桜に戸惑った。

「ちょ……まってよ。姉ちゃん。」

 我に返った桜はユウから手を離した。

「ご、ごめん。しかし、ユウくん。なんちゅう格好しとるねん」

「ええやろ。これなあ、たたの鎧じゃないねんこいつを身に着けとるとすごく強くなるんや」

「どうも……それにしてもすごい鎧だね。山本勘助の甲冑みたい」

「こっち姉ちゃんは誰?」

「私は水城萌。桜の友達。ねえ、この鎧も妖怪なの?」

「そうやで。俺の友達や」

 そういうと外れていた赤い甲冑はひとりでに立ち上がり、ユウの隣に立った。

「きゃあーっ! アイアンマンみたい」

 それを見て大喜びする水城。どうやらオカルトだけではなくマーベルのファンでもあるらしい。

「付喪神の赤彗丸せきすいまるいうねん。すごいやろ」

「付喪神?」

 小首をかしげる桜に水城がコホンと咳払いをする。

「えー、付喪神というのは、人が使っていた道具が百年以上経つと魂が宿った妖怪。になる場合があるの。鎧のデザインからすると五百年くらい前のモノだと思うよ」

「へえ……」

 感心しながら総面の隙間から中を覗き込む桜。確かに中身は何もない。

「本当だっ……中に何もない」

 赤彗丸は、近づかれるのが嫌だったのか桜から一歩下がった。

「でも、ねえちゃん。悪いけと僕、姉ちゃんのこと知らんわ。見たことあるような気はするんやけどなぁ」

「私、桜だよ? 夏休みにあんたの家のそばに泊まっていて……ほら、よく桜姉ちゃんって呼びに来たじゃない……本当に覚えていないの?」

「なんか、姉ちゃんのことは、見たことあるようなする気もすんやけど……ごめん」

 困ったような顔をするユウが桜に謝った。

「もしかしたら異界に長くいたせいなのかも。元の世界に戻れば、きっと思い出すよ。私といっしょに戻ろ?」

 そう言ってユウの腕を掴むとユウは桜の手を振りほどいた。

「そうはいかん。僕はここで土地神さんを守ってるんやで」

「お母さんもお父さんも心配してるよ」

「俺にそんなんいないわ。それに姉ちゃんの言っとる事、よくわからん!」

 ユウはそう怒鳴ると赤彗丸せきすいまるの後ろに隠れた。

「ユウくん!」

「まあ、まあ、桜。ユウくんも久しぶりに人間にあったから混乱してるんだよ」

「水城は口出さんで!」

「ご、ごめん……」

 温厚だと思っていた桜の剣幕に水城もそれ以上言えない。

 すると、白蛇が地面からするすると桜の腕に這い登り頭をもたげた。

「よせよせ、桜。その童に昔の事を問うても無駄だぞ」

「はあ? 何言っての? 白蛇」

「どうやらそやつ、魂を少し喰われとるからのう。それで忘れてるんだ」

「え……魂って?」

「お前ら人には。よく見えんないだろうが、その童の影が欠けておる」

 ユウの影を見ると確かに輪郭の一部が欠けている。

「影の欠けている者は昔のことを忘れることがある。おそらく"蓮足に"に魂を食いつかれたんじゃろうよ」

「なら、元に戻すにはどうすればいいの?」

「どうにもならん。童の魂の欠片はもう、"蓮足"の腹の中じゃ」

「そんな……」

 白蛇の淡々とした説明に愕然とする桜。

「でも、命があっただけでも良しとせねばな。全部喰われとったら、さっきまで我らが戦っておった"人影"と同じになっておる」

「"人影"って元は、人間って事?」

「そうだ。"人影"は、魂の残りカスみたいなもんだ。良き魂が剥げ落ちで朧気な怨とか念しか残っとらん。かろうじて姿を保ってる程度のモンだ。いいとこは他の妖怪が喰っちまったんだろうさ。それも多分、"オオモノ"だな。ああ……今は、"蓮足"と名乗っておるんだったな」

 落胆する桜の様子を見ていた水城は毒に思う。

 それを察したのか、玉兎が隣にやってきて水城に言った。

「運悪いかツイていたのかと思うのは、その前の気持ち次第だ。あの人の子は、童が今まで通りでいてくれると思っていたんだろうな。だから今が辛いんじゃ」

「玉兎さま……どうすればいい?」

「どうにもこうにも起こった事は変えられん。なら、考えを変えるしかないじゃろ」

「変えるって?」

「生きてただけでもマシ、とな」



 ユウはといえば、再び、赤武者を着込んだ。

「俺は土地神さんのとこへもどるんや。僕の親分やからな」

「なんじゃ、お前、土地神さんのとこのもんか」

 白蛇がひょいと頭を上げた。

「そうや、お前なんだ?」

「我は、白蛇という。桜に憑いとる」

「なあ、ねえちゃん、そいつなんや、悪さして困っとるなら僕が切ったるで?」

「いえ、特に問題は……こっちにも連れてきてくれたし」

「ほんとか? 大丈夫」

「生意気な餓鬼じゃ。喰うてしまうぞ!」

「お前なんぞに食われるか」

 そう言って腰の刀の柄に手をかけるユウ。

「待ってよ、ふたりとも。土地神さまに会いにいくんでしょ? 喧嘩は止めて」

「そうやった。ねえちゃんたちを連れて来いって土地神さんに言われててな。それで助けたんや」

 そう言って刀の柄から手を離すユウ。

「土地神さまが私達を?」

「うん。だから僕の後についてきて。土地神さんが隠れとる沼へ連れてくわ」

 赤い甲冑を着たユウは林に向かって歩き始めた。

「待って! ユウくん」

 桜はユウの後を慌てて追いかけた。

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