6話 人影の村
巨大な兎の妖怪が草むらをかき分け進む。
その後を桜たちが続いた。
玉兎は、旧校舎に住む妖怪で、元々は異界への出入り口の門番として祠に祀られていた神だった。旧校舎を建築のために祠を移動させたものの"神移し"の儀式を行わなかった為、校舎にいついていた。だが門番の仕事はそのままで旧校舎に入り込む人間を遠ざけていた。
「なるほどね。家だけ引っ越して肝心の祠に住む神さまのお引越しはしなかったわけだ」
桜の白蛇から聞いた説明を聞いてうなずく水城。
「国宝美術品指定の仏像なんかも博物館の展示会なんかへ持ち出す時は、お寺のお坊さんたちが魂を仏像から抜く儀式を行っているって聞いたことがある。展示会場へ運んだら今度は仏像に魂を戻す儀式をするんだって」
「へえ……」
得意げにウンチクを披露する水城は、いつのまにか玉兎の後ろにぴったりくっついていた。
「人間、少し近いぞ」
「あ、ごめんなさい」
言われた水城は少し距離を離すが、すぐにまたそばに近寄っていく。その度に玉兎に促されて離れた。それを繰り返している。
後ろから桜が呆れながら眺めていた
「ねえ、白蛇。まだ着かないの?」
「もう少しだ」
「あんたは楽だよね。私の腕に巻き付いてるだけなんだから」
「蛇が巻きついて何が悪い」
「そういうことじゃないんだけど……ねえ、異界ってどんなところなの?」
「異界?」
「今いるこの場所」
「山か」
「そうじゃなくて、こっちの世界のこと。私達は、異界って呼ぶんだって。水城さんが言ってた」
「そうだなぁ。お前の世界と変わらんわ。人でなく妖怪の類が多いということぐらいだな」
「そうなの? なんだかすごく違うような気がするけど」
「しょせん、人にはわからんわ。こっちも人の世界のことは、よくわからんしな。それより何かがついてきとる……」
白蛇が頭を上げて後ろを見た。
「え?」
桜は振り向いたが深い林があるだけで何も見えなかった。
「ちょっとまっとれ」
白蛇は桜の腕を離れると前を行く玉兎のところへ這っていった。
「まったくあのニョロニョロは……あれ?」
桜が前に向き直すと玉兎や水城の姿は消えていた。
周囲を見渡しても誰もいない。白蛇さえも姿がみえない。
「みんなどこにいったのかしら……きゃっ!」
突然、桜の身体が持ち上げられた。
気がつくと桜は大木に登った玉兎に抱えられていた。隣には水城が人差し指で口を塞いでいる。
下を見てみると何か小さいものがうろうろしているのが見えた。
「なにかしら……」
姿は何かの小動物のようだったが遠目でよくわからない。桜たちを見失って焦っているのか忙しなく辺りを見回している。
「こら! なんじゃ、お前は!」
その小妖怪の前に白蛇が唐突に鎌首をもたげた。
「ひっ……」
逃げようとした小妖怪を忍び寄っていた玉兎がつまみあげる。
それは、ネズミによく似た妖怪だった。ただし姿はネズミだが身体は犬ほどの大きさで着物を着ている。
「よく見れば
「お、おまえらなんぞについていくかい! たまたま向かう方向が同じなだけじゃ」
「何を白々しいことを……ん? なんじゃ、お前、何を持っておる?」
旧鼠と呼ばれた小さい妖怪が抱えている小袋を取り上げた。それは人間が使うバックパックだった。それは桜の見覚えのあるものだった。
「何が入っておるだ?」
「返せ! 盗人め」
「おまえこそ、わしらから何かくすねるつもりじゃったのだろう。どれどれ、何を持っているか見てやる」
バックパックを逆さにして中身を落とすと様々なガラクタが落ちてきた。桜は、その中で見覚えのあるものを見つけた。
「あっ!」
それはユウが持っていたものと同じゲームキャラのカードだった。
「ねえ、きみ。その本をどこで手に入れたの?」
カードを手にとった桜は旧鼠に詰め寄った。
「も、もらったんじゃ。人の子に」
「その子、どこにいるの?」
「そんなの忘れたわい」
「ねえ、思い出してよ」
「そう言われても……」
「面倒だ。こいつ、喰ってしまうか」
玉兎はその旧鼠を掴むと自分の口元へ運んだ。
「だめよ! その子はユウの居場所を知っている」
桜が旧鼠を飲み込もうとする玉兎を止めた。
「何のことじゃ? それは、わしには関係あることか?」
「やめてくれ!」
旧鼠は必死で暴れたが無駄だった。
「やめて!」
「知らん」
「ビールもうあげないわよ!」
「あん?」
玉兎は、ビールと聞いて手を止めた。校舎に現れた時に桜から供えられた変わった酒だ。実は玉兎はあれを大いに気に入っていた。
「ビールには、まだまだ種類がたくさんあるの。他のビールを飲みたくないの?」
「びーる……たくさん?」
玉兎は
「た、助かった」
冷や汗を拭う旧鼠に桜が近づき、あらためて訊ねてみる。
「ねえ、きみ、その背中に背負っているもの、どこで手に入れたの?」
「あん?」
「これを持っていた子共がいるはずでしょ。どこにその子どこにいるか知ってる?」
「それなら、"
「なら、そこへ案内して!」
「おいおい、桜。我たちは、先に土地神さまに会わんと……」
「私は別に土地神さまに会いに来たわけじゃないわ。ユウくんを連れ戻しに来たんだから」
「ここいら辺を余所者のおまえらが動き回るには、土地神さまの許しを請わないといかんのだ!」
白蛇が口調を強めて言う。
「お願い。土地神様には後で必ず挨拶に行くから、先にユウを探しに行かせて」
桜がなんとも言えない表情を白蛇に向けた。
「仕方がないのう……」
桜の懇願に珍しく白蛇が折れた。
「ありがとう。白蛇」
桜は小さな妖怪の前にかがんだ。
「ねえ、君。その"蓮足"さまのいる場所に案内してくれる」
「あ? ああ……そうだなぁ。あんたは俺を助けてくれたしな。わかったよ。俺についてきな」
そう言うと旧鼠は、元来た道を戻り始めた。
「水城さんも早く」
「でも……」
水城は玉兎を見上げた。
「玉兎さんは?」
「わしは、土地神さんに挨拶せんといかん」
「わたしたちだけじゃ、大変だよ。一緒に行きましょうよ」
そう言って水城は、玉兎の手を引いた。
「あ? なんでじゃ?」
玉兎は首をかしげる。
「じゃあ、これあげるから」
「なんじゃ? これは」
「名刺っていうの。私の名前とアドレスとか……ああ、とにかくあげる」
玉兎は名刺を受け取ると珍しそうに眺めた。
「よくわからん物だがこれは綺麗に作ってあるのう」
「ありがとう……ねえ、それをあげるから一緒に行ってくれないかな?」
玉兎は少し考えた後答えた。
「土地神さんに挨拶したいが、しかたがない。ちょいと寄り道してやるわ」
こうして桜たちはネズミの妖怪・旧鼠の後についていくことになった。
小さな山をひとつ越えると小さな村に出た。
村を見た白蛇がキョロキョロとしだす。
「どうしたの?」
神経質に周囲を見渡す白蛇に桜が尋ねた。
「こんな村があるとは知らんかったわ」
「頼りにならない道案内ね」
「ふん……どうやら、"蓮足"とやらが幅を利かせているからいろいろ変わっているのだろう。これは少し用心したほうがよいかもしれん。おや? あの小ネズミはどこへ行った?」
気がつくといつのまにか旧鼠怪の姿が見当たらなくなっていた。
「本当ね。あのおチビちゃんどこへ消えたのかしら?」
水城が足元の草むらを覗き込んでみる。
「なんか嫌な感じがするのう」
すると周囲の家から誰かが出てきた。
「あれは、"人影"どもだ」
「人影? 姿もはっきり見えないし……確かに影みたいだけど」
「ああ、お前たちが幽霊と呼ぶものに似ているかな。だがどうも様子がおかしい」
出てきた"人影"たちは数を増していき、いつのまにか何十人にもなっていた。
その中のひとりが桜たちに気がつく。
「こりゃ、まずいかもしれんわ」
それに反応したのか他の人影たちが集まり始めた。
「いかん! 逃げろ!」
白蛇が叫び、桜たちは城は逃げ出した。
その後を大勢の人影たちが追いはじめた。
「白蛇! なんとかならないの!」
「つべこべいわずに走れ! "人影"どもに捕まってしまうぞ。捕まればお前も"人影"の仲間入りだ」
逃げている途中、桜がつまずく。
「桜!」
水城が慌てて助けに起こしたが"人影"たちが、すぐそばまで迫ってくる。
もうだめだ!
その時、"人影"が何かに横殴りされ、吹き飛んだ。
桜が、見上げると戦国時代の武将のような赤い甲冑を着た誰かが槍を片手に立ちふさがっている。
「おい! おまえら平気か!」
赤い武者は桜を見下ろしてそう言った。
「は、はい」
「少し、下がっとれや」
武者は槍を振り回すと寄ってきた人影を一瞬で叩き伏せる。
「きゃあ!」
水城の声だ。
桜が振り向くと、反対側から回り込んできた"人影"が水城の腕を捕まえていた。
赤い武者は、持っていた槍を投げつけ人影の頭を貫く。頭を貫かれた人影は、その場に倒れた。だが、さらに他の人影たちが水城に群がってきた。。
水城を助けに行こうとした桜の前に別の人影が立ちふさがった。
「小生意気な人影じゃ」
左腕の白蛇が鎌首をもたげるとみるみる身体が大きくなっていき大蛇に変わった。そして人影を丸呑みしてしまう。
「嘘でしょ?」
目の前で起きたその様子に桜が驚く。
一方、水城を取り囲んだ人影は一斉に襲いかかった。
叫び声をあげる水城。
そこへ飛び込んできた玉兎が、両頭の
「玉兎さま!」
「平気か? 人の子」
水城は、玉兎にしがみついた。
「もふもふだ……」
赤い武者は大刀と小刀を抜いて人影たちを切りまくっている。
やがて立っている辺りに人影はいなくなっていた。
「大丈夫か ! 白蛇」
「おお、皆、飲み込んでやったわ。あまり旨くないがのう」
「しかしあっちの赤いのは見ん顔じゃな」
玉兎は赤い武者の方をみやった。
「ふん、おおかた、どこぞの付喪神じゃろうよ」
人影たちを斬り伏せた赤い武者は、座り込む桜に手を差し出した。
「大丈夫?」
「え? うん……助けてくれて、どうもありがとう」
手を取ると武者が引っ張り上げてくれる。その手は思ったより小さい。
「おまえ、俺の知ってる人に似てるな」
「そうなの? 人間に知り合いいるんだね」
「俺も人間やからな」
「え?」
赤い鎧武者が面を取った。
その下は桜の見覚えのある顔だった。
「ユウくん?」
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