2話 白い蛇

 ユウが行方不明になって五年が経ち桜は、中学二年生になっていた。

 あの事件から桜の家族が祖母の家に遊び行くと事もなく、母親がたまに祖母の様子を見に行く程度だ。少なくとも桜がそれに同行することはもうない。

 当時、警察や地元住民がユウの行方を懸命に探したにもかかわらず、ユウが見つかることはなかった。

 大人たちの見解はこうだ。

 慣れない林の中も歩いていた子供ふたりが、突然、野犬か何かと出くわし、パニックになって逃げ出した。そこで道から外れて逃げてしまったユウが林の中で迷ってしまった。"

 桜が説明した"得体の知れないモノ"の解釈も成り立った。

 だが桜は、今も"あれ"が野犬だとは思っていない。

 あの時、何かに噛みつかれた左手首には今でも傷が残り、それを隠すために常にリストバンドがされるようになっていた。

 人に見られたくないという事ではない。

 桜が見たくないのだ。

 

「綾野さん」

 声をかけられ振り向くと黒縁メガネをかけた知らない女生徒がいた。

「あ……えーと」

「ごめん、突然。私、隣のクラスの水城みずきです」

 水城と名乗った少女は、そう言って会釈した。

「なにか用ですか?」

「いや、少しお話したいなぁーって思って。ちょっと時間あります?」



 桜は水城に階段の踊り場に連れて行った。

「突然で悪いんだけど、綾野さん。最近左手の調子悪くありません?」

「いや……特には」

「じゃあ、どこかおかしな事が起きたとか、感じたとかは?」

「あの、一体、なんですか?」

「ごめんなさい。変な事を聞いて。私、霊感ってほどじゃないけど、ちょっと見えるんです」

 思い出した。心霊スポットやオカル好きな変わった生徒がいると聞いたことある。

 多分、目の前にいるこのメガネの女の子がそうなのだ。

「……で、最近、あなたを見かけたときに左腕に何かが巻き付いているのが見えたから、気になってつい声をかけたというわけなんです」

「すみません。わたし、そういうの信じていないので」

「そ、そうよね。ごめんに引き止めちゃって。でも、少しでも気になったら神社とかでお祓いしてもらった方がいいから」

 そう言って水城は去っていった。


 階段を駆け下りる水城の後ろ姿を見送りながら桜は左手のリストバンドを覆うように触れた。

 水城には桜の左腕に巻き付いている"あれ"が見えたようだ。

「あの小娘、我が見えてたというが、それほど力は強くないな」

 "あれ"がそう言った。

「あんた、油断してるんじゃないの? 頼むから学校では見つからないようにして」

 

 5年前のあの事件以来、桜は、たびたびおかしなモノを目にするようになっていた。最初、それは、漠然としたぼやけた影のような存在だったが、桜が成長するにしたがってはっきり見えるようになっていた。

 白い蛇

 気がつくと腕全体に巻き付いていることもあるし、いなくなってどこか他の場所に入り込んでいる時もある。危険なものではないと感じるものの、人には言っていない桜の秘密だった。

 水城に白い蛇のことを指摘されたときは一瞬、戸惑ったものの、同時に安心もした。もしかしたら、白い蛇は、自分が脳の病気か何かで目に見えてだけの幻覚かもしれないと思っていたからだ。他人の水城にも見えるということは、本当になのだろう。


「ところで桜よ。我は腹が減った」

 白蛇しらへびは、甘えるような声で言う。

「まだ、昼間よ」

「昼間だろうが夜だろうが腹が減るのは関係ない」

「仕方がないわね」

 桜はため息をつくと左手首のリストバンドを外した。

「さあ、いいわよ」

「ありがたい」

 白蛇は、手首に巻き付くと傷に噛み付いた。一瞬痛みが走るがそれほどの激痛でもなく我慢できる範囲だ。噛み傷が新たにつくわけでもないし血を吸っているわけでもない。一体何を吸っているのかわからないがしばらく噛み付くと白蛇は満足げに口を離す。

「ごちそうさま」

 桜は、黒いリストバンドを元に戻した。


 腕に巻き付く白い蛇が突然、桜に向かって話しかけてきたのは一ヶ月ほど前からだ。最初に白蛇の言葉を聞いた時には死ぬほど驚いたが今では日常会話を普通にするほど慣れている。 

「ところで、本当に約束を守るんでしょうね。餌だって与えてるんだから」

「約束は守る。我もそろそろ、あっちの世界へ戻りたいしな。信じろ」


 桜と白蛇とはある約束をしていた。

 5年前迷い込んだあの世界につれていくこと。

 それがこの得体のしれない妖怪を腕に住まわす理由であった。

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