天つ空の下で知らぬ君を想う
ジップ
第一章
1話 夏の思い出
桜とユウが遊ぶようになったのはいつのころからだろう。
毎年、夏になると桜が母方の田舎にやってくるとユウが喜んだ。
歳上の桜が姉のようにユウを可愛がり、ユウは姉の様に桜を慕っていた。
その日、桜はユウにせがまれ、裏山へ行くことになった。
ユウが言うには桜に見せたいものがあるということだった。
それがなんのかは言いたがらない。
仕方なく、桜はユウについて裏山に向かった。
「まだ、つかんの?」
「もう少しだと思うわ。もう、桜姉、なんどもうるさいわ」
「なに言っとる。これ、あんたがどうしても言ったこやないの。私は付き合いや」
舗装されて道路から逸れると舗装されていない林道に入った。
道は軽自動車が一台通れるのがやっとの幅で、百年ほど前は、山を抜ける道として隣村まで行くの利用されていたが、今では、ほとんど人も通らない。
たまに地元の小学校が課外授業で山頂の広場にハイキングの真似事をする程度だ。
ユウが連れて行こうとしていたのは、春の課外授業で登ったときに見つけたものだという。詳しいことは着いてからだと言い張って桜に教えようとはしない。
どうやら、夏に遊びに来た時に案内しようと張り切っていたらしかった。
「あれだ」
ユウが声を上げて指さした。
そこは、山の中腹にあり山側部分がえぐれたように出来た場所で、休憩するのに丁度よい広場だった。とはいえ、車が2、3台停めれればいいくらいの広さで当然、舗装もされていない。林道を通る車がUターンするのに使うのか車輪の跡が残っていた。
「この前、登った時にな、ここで休憩したんやけど、そん時、見つけた」
「何を見つけたん?」
「あそこに目立たんけど、ほっそい道があるんよ」
「道?」
そう言って、山側の林の中に登るように続く細い道を指差す。
「あそこに何があるん?」
「
「祠?」
「ええから、おいで」
ユウは小道に向かって走り出した。
「ほら、ユウくん。そんなに走ると転ぶで」
桜が注意するのも聞かずユウは小道を登っていく。
その時、持っていた携帯電話の着信音が鳴った。
「はい……そうや。裏山の……うん。うん。わかった」
ユウが立ち止まって電話している桜に気づきいた。
「どないしたん?」
「お母さんや。あんたと裏山に来とるの怒っとるわ。遠くに行き過ぎやって」
「そない遠くやないで」
「子供同士で行くには遠いんやて」
「めんどいな」
「早く帰らなあかん」
「えーっ、いいやん。もう少しやで」
遊びに来たお姉ちゃんにどうしても見せたかったユウがぐずる。
桜は、仕方なくもう少しユウに付き合うことにした。
「しかたないなぁ……
「うん」
ユウが再び歩き始め、桜もその後についていく。
小道はまわりの林に夏の日差しを遮られ、昼間だというのに薄暗いく空気も冷たかった。
「ここ静かやな……」
桜は、歩いてきた林道では聞こえていたセミの声も鳥のさえずりも聞こえてこないことが少し不安になった。
「桜ねえちゃん、ケータイもってるん?」
「ケータイちゃう。スマホや。まあ……同じようなもんやけど、なんか外はいろいろ危ないって持たせれてるわ」
「それ、ええなぁ」
「ゲームもできるで」
「まじか? ますますええわ。僕も欲しいわ」
「もうちょい大きくなったら買ってもらえるんちゃう?」
「だとええなあ。僕、ゲームしたいわ」
「ユウくん、プレステあるやん」
「外でもしたいんや」
「贅沢や」
「ほいでな、僕、大きくなったらゲーム作る人になるんや。そやから、ずっとゲームしとった方がええんや」
「都合のええ話やな」
「ほんまやで。それでゲーム作ったら桜ねえちゃんにもやらしてあげるわ」
「ああ……気長に待っとるで」
しばらく歩くと行き止まりが見えた。
「あそこや」
行き止まりの先には確かに祠があった。
かなり古そうだ。この細い道は、祠に向かためだけの道だったのだ。
「桜姉も早く来な」
先を進むユウの後に続こうとする桜。その時、いつも間にが白い靄が漂い始めているのに気がついた。
何や、変な感じ……
若干の薄気味悪さを感じながらも桜は、祠の方に向かって歩き始めた。
祠は古く土台は石にも苔がこびりつき、社殿は灰色に変色していた。
「まったく、なんでこげん物に興味をもつのか。男の子やかろか?」
桜が呆れながらに、そうつぶやくとユウがまた声を上げた。
「ネエちゃん。来てえ」
祠の裏側に回り込んでいた優雅桜を呼んだ。
「ほら、ユウくん、祠に着いたで。一体、私に何見せたいんよ?」
「ここに、小さい人おったん」
「何や、それ」
「小さい人や。そいでな、時代劇みたいな格好しとったで」
桜はますます呆れた。
「ユウくん、わたしに見せたかったってそれ?」
ユウはうなずいた。
「あんた虫でも見間違えたんちゃうの?」
「ほんとやて」
「で、ここにいるとその小さい人出てくるんか?」
「と思うで」
桜はがっかりした。苦労して歩いた来たのにユウが見せようとしたのは、よくわからない虫らしきものだったのだ。
「ちょっと待っててみ。そいで出んかったら帰る」
「あのなぁ、ユウくん。あんまり長くいれんのよ」
あまりに必死に言うので桜は、しばらくその場所で、ユウの言うところの”小さい人”を待つことにした。しかし、ユウの言う小さい人は現れる事はなかった。
ふいに持っていたスマホの着信音が鳴る。
「あ……」
桜がスマホを取って見るとそろそろ帰って来いとメッセージが入っていた。
「あのな……ユウくん」
その時だ。
何かが吠える声がした。
「何なん?」
聞いたことのない声だ。犬とは違う。鳥でもない。
「ユウくん。こんなん聞いたことある?」
「あらへんわ。何やろか」
「なんや、怖くなってきた。早う帰ろう」
「う、うん」
二人は来た道を早足で下った。
しかし、不思議なことにいつまで立っても
霧は濃くなり、ユウが足元を見誤って転んでしまう。
それでも桜は足を止めようとしなかった。
「桜姉、待って」
呼び止められた桜は我に返り、道を戻って転んだユウを助けあげる。
「急ごう」
「なんか桜ねえちゃん、怖いわ」
「早く!」
桜はユウの小さな手を握ると強引に引っ張った。
「どないしたん?」
「なんか、怖いのがついてきてる」
「何?」
「わからん。怖いやつや」
ユウが様子を見ようと振り向いた。
「見ちゃあかん!」
霧でよく見えなかったが桜の言う通り何かがついて来ていた。
ユウが、正体を確かめようと目を凝らすと、そいつと目が合ってしまう。
「駄目や! ユウくん!」
そいつは、桜たちに向かって走り始めた。
「あかん!」
二人は慌てて逃げ出した。
必死に走る二人だったがどういうわけか、いつまでたっても林から抜け出せない。来た時はこれほど時間はかかっていないはずだ。
途中、桜の足に何か絡みついてきたが構わず小道を走りつづけた。ユウは桜を追い越し先を行く。その時、ようやく林の先が見えてきた。
「もう少しや!」
その時、桜の腕に激痛が走った。
何かが噛み付いたのだ。桜は腕をひっぱられ、足を止めてしまう。
「桜ねえちゃん!」
異変に気がついたユウが戻ってき桜の左手に噛み付いた何かをなんとかしようとして、近くにあった手頃な石て、そいつを叩きつけた。
何かは桜の左腕から離れ地面でのたうち回っている。その気味の悪い姿を見た桜は、痛みと恐怖でそこから逃げ出した。
「待って! 桜ねえちゃん、待って!」
そんなユウの声がしていたのを思い出したのはずっと後のことだ。その時は、ただ必死に逃げることしか桜の頭にはなかった。
気がつくと広い場所に出た。
林を抜け出せたのだ。
小道の方を振り向くと恐ろしい"何か"も追って来てはいない。。
桜はほっと息をついた。
だが……
「ユウくん?」
そこにいたのは桜ひとり。
ユウの姿を見たのはそれが最後だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます