第87話 土の沙漠

 オルガレナの谷からキュペロスの丘まで予定外の時間がかかってしまった。予定では、日中の猛烈な暑さを避けて、やや気温の下がり始める夕方に出発し、夜どおし移動するはずだった。それが出発して間もなく、午後4時過ぎから暴風が吹き荒れはじめ、砂塵と言えばいいのか土埃と言えばいいのか、巻き上げられた土煙のせいで道はおろか風景の一切が見えなくなり足止めを余儀なくされたのだ。


 沙漠には大きく分けて3つのタイプがある。小さな砂利だらけの礫漠、砂が風紋を描くような砂丘地帯の砂漠、そしてここのような細かい土が埃のように舞う土漠。グリップが安定するので車で走るには便利だが、その分、嵐になればまるで濃い霧のように視界が失われ、同時に目も耳も鼻も細かい土の粒子を吸い込んでしまう厄介な土地だ。4台の車に分乗していたのだが、それぞれお互いの位置もわからないまま思い思いの位置に停車し、嵐が過ぎるのを待った。待つしかなかった。


 ひと晩中、車を転倒させそうに荒れ狂った嵐は、明け方になってやんだ。吹き始めと同様、終わる時も唐突で、つい先ほどまで身に危険を感じるような猛烈な突風の音で会話もできなかったのに、一瞬にしてあたりが静まり返った。やがて視界を遮っていた土煙がおさまると、嘘のように穏やかな表情を見せる。たったいままで吹き荒れていた嵐など最初からなかったかのようだ。それもそのはずだ。あたりはただ岩と砂と土しか見当たらない沙漠地帯だ。嵐によって破壊されるものもなく、汚されるものさえない。つまり嵐の痕跡が一切見当たらないのだ。化かされたような気分で車を出す。しかし、間もなく埃まみれになった仲間の車を見て、やっぱりあの嵐は本当にあったのだと再確認する。


「間に合えばいいが」

 “饒舌”のハサンの言葉を聞きとがめて、何が間に合えばいいのかと問うと、本隊が「土漠の民」に襲撃される前に間に合えばいいのだがと言う。本隊だって丸腰なわけじゃない、むしろおれたちなんかより正式な武装をしている。そうおれが指摘してもハサンは黙って首を振るだけだ。何が違うんだとおれが声を荒くするとハサンはひとことつぶやいた。

「大佐、そんな襲撃はしない」


 結局キュペロスの丘に着いたのは予定より6時間遅れだった。本隊はいなかった。我々を待ちきれずに先に進んだのかと思ったが、間もなくそうではないことが判明した。丘の麓の岩場に十字架が立てられ、護衛隊の隊長以下指揮官5人が殺され磔にされていた。耳と鼻を削がれ、見たところ舌も切られているようだった。彼らはクリスチャンじゃないのに。おれが怒っている様子を見て“饒舌”のハサンはひとことで説明した。

「クリスチャンの味方をした」


 あの完全装備の本隊を壊滅させ、おそらく捕虜として引き立てて行った土漠の民に我々がどう対抗すればいいのか。4台の車で円陣をつくり、その中に急造のロッジを建て、母艦と交信することにした。母艦ではどこまで把握しているのだろうか?


     *     *     *


 我々の上空から監視していたはずの母艦は、この半日ほど安定したポジションを確保できずに衛星軌道を周回していたことが分かった。だから本隊が失われた時の様子は誰にもわからない。ただ、ある種の言い伝えとして沙漠の民に関する情報がもたらされた。曰く、礫漠の民は武力で戦う、砂漠の民は執拗さで戦う、土漠の民は内側に入り戦うと。本隊の中に手引きをするものがいたということだろうか。


「いずれにしても」とケイがまとめた。「我々ナレーターにできることは武力衝突ではない。ただ話し合うことだけだ。そうだろう、ハサン」

 “饒舌”のハサンが頷き、その饒舌な沈黙で我々もすべきことを悟った。

「本隊にはジョウブがいる」おれは指摘した。「ジョウブは我々の誰よりも優れたナレーターだ」

「大佐のところには3年前からシェラザードがいる。シェラザードは芸術品のナレーターだ」ケイはおれの目を見ながら言った。「さあ、おれたちにできることは何だ?」

「話し合うことだけだ」

 おれたちは4台の車に乗り、大佐の元へ向かった。


(「土漠」ordered by ハンサム-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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